第38話 嫌われ勇者、人間関係に悩む
「本日も見事な活躍でしたなぁ」
ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべて近づいてくるチョビ髭を生やした小太りの中年男性。この特徴に合致する人物が、原作には登場している。
「……ウェイド?」
「おや? 私のことをご存じで? いやいや、これは光栄だ!」
大袈裟な態度で喜ぶ中年男性――って、しまった。この頃のバレットはまだこの人と出会ってなかったんだった。
この中年男性の名はウェイド。
原作での彼は、バレットに武器やアイテムを提供する専属の商人であった。
見るからに怪しい男だが、原作ではその風体通りに怪しい動きが多く見受けられた。バレットに渡していた武器やアイテムの出所も不透明だし、最新話でもまだ明かされてはいないが、何やら他にも後ろ暗いことをしている描写があったな。
確か原作だと……バレットの初登場時にはすでにいたな。
けど、まさか学園時代からすでに交流があったとは。
「あなたのような偉大な御方に名を知られていたとは……これに勝る喜びはありませんよ」
「は、はあ……」
なんて露骨なヨイショなんだ。下心が透けて見えるというか……絶対に本心からの言葉じゃないんだろうなって分かる。
もしかして、原作のバレットはこの露骨なヨイショに気をよくして、ウェイドを贔屓にしていたのか? だとしたら、人を見る目がなさすぎる。
「……特に用事がないようでしたら、俺はこれで失礼します。まだ授業の途中ですので」
「おっと、そうでしたな。これは失礼しました」
思いのほかすんなりと身を引いたウェイド。
あまり押しすぎても、それはそれで俺の機嫌を損ねると思ったのかな。
俺はウェイドと別れ、再び演習場へと歩を進める。
道中、原作におけるバレットの周辺情報を思い出していた。
先ほどのウェイドの他にも、バレットの周辺には彼の味方をする者たちが大勢いた。――味方というと、語弊があるかもしれない。
そのすべては、間違いなくバレットの「聖剣に選ばれた勇者」という肩書に集まって来ていた。バレットの人間性とか目標とか、そういった部分に感銘を受けて力を貸そうとする者は皆無だったのだ。
損得で結ばれた絆は脆い。
バレットが落ちぶれていけばいくほど、彼らは離れていった。
あのウェイドも、そんな離れていった者たちのひとりだ。
……それだけじゃない。
聖剣に選ばれたことで、バレットにすり寄ってくる悪い大人は後を絶たない。今はまだ鳴りを潜めているけど……これから徐々に、さっきのウェイドのようなヤツらが近づいてくるだろう。
「一難去ってまた一難って感じか」
出るのはため息ばかり。
ようやく女性問題に決着がついて、ラウルたちの暴走問題解決に専念できると思っていたのに……まあ、さっきの問題は俺が気をつければいいだけなので、他の問題に比べたら些細なものかな。
「あっ、バレット♪」
演習場へ戻ってくると、真っ先にティーテが駆け寄ってくる。俺を視界に捉えて間もなくの行動……なんというか、左右に勢いよく振られている尻尾が見えてくる。間違いなく、ティーテを動物に例えるなら犬だな。
「バレット?」
「ああ、いや……ティーテって、イヌっぽいよね」
「えっ?」
あっ。
しまった。
思わず口にしちゃったよ。
微妙な空気が流れる中、俺たちに話しかけてきた男子生徒がいた。
「やあ、初めまして」
今回の合同演習の相手クラスに所属する、ジャーヴィス・レクルストという男子だ。
ブランシャル王国の貴族であるレクルスト家の嫡男。
中性的な顔立ちで、一見すると人畜無害そうな顔立ちをしているが――実は、同級生の中では飛び抜けた注意人物であった。
なぜなら、彼はバレットの片腕的な存在として、卒業後に勇者パーティーの戦士として旅に帯同するのだ。主人公ラウルの追放に関しても積極的に関与していた描写があり、作中ではバレットに次いで嫌われているキャラである。
バレットが貧民街に消える直前、主人公ラウルたちの手によってバレットに取り入るために行ってきたさまざまな犯罪行為が明るみとなり、騎士団に捕まった。その後の生涯を牢獄の中で孤独に過ごしたという。
ある意味、バレットより悲惨な最後じゃないか?
……まあ、そういうわけだから、極力関わらないようにしていたんだけど……こいつもバレットに取り入ろうとしているのか?
「さっきの試合、素晴らしかったよ。うちのクラスで一番の実力を誇るトーマスが手も足も出ないなんてね」
「……どうも」
警戒をしているせいか、反応も素っ気ない。
それに対して、ティーテはカクンと首を傾げていた。
どうやら、俺の様子がおかしいと感じ取ったのだろう。
「今度は是非とも僕と手合わせを願いたいね」
「あ、ああ、こちらこそ」
「じゃあ、僕はこの後すぐに順番だから」
ジャーヴィスはそう告げて爽やかに去っていく。
……この学園での人間関係の構築には、今一度慎重になる必要がありそうだ。
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