第36話 小休止

 バレット(前)が口説いた女子生徒への対応は着々と進んでいった。

 聖剣に選ばれたことで、バレットの態度が手に負えなくなる前に対処できたことが幸いしたという点が大きかったな。それに、バレットの口説きを本気にしている者がいなかったのも助かった。


 そして、メリアへの初謝罪が終わってから二日後――

 

「ふぅ……なんとか全員に直接謝ることはできたな……」

「お疲れ様でしたにゃ、バレット様」


 自室で休みながら、俺はプリームの淹れてくれたコーヒーに口をつける。

 すると、レベッカがやってきて、


「以前、バレット様が声をかけた女生徒たちですが、あれから特に目立った動きを見せていません。反応はどうあれ、バレット様の謝罪は受け入れられたようです」


 そう告げた。


「……そうか」

「浮かない顔をしていますね、バレット様」


 心配そうにこちらの顔を覗き込んだのはマリナだった。


「うん……。謝罪は終わったけど、まだなんかしっくりこないというか……」

「あまりにも急な話でしたからね。正直なところ、ほとんどの女生徒が面食らったという形でしょうか」

 

 レベッカの見立て通りだと思う。

 実際に女生徒たちに謝って回った俺が、それを一番肌で感じていた。付きまとわれていて迷惑していたのが、厄介払いできたって感じか。中には名門貴族に取り入ろうとする女子もいるのではないかと想定していたが、そんな素振りはまったく見られず。

 

 しかし、こうなってくると不思議なのは……ティーテはなぜバレットに対して好意を抱いていたのか、だ。


 もしかして、原作にはないけど、裏でふたりの関係にまつわるエピソードがあったってことか?


 その時、俺はふと思い出す。

 この【最弱魔剣士の成り上がり】は、大人気作品ということもあって、作品の今後の流れについて、某掲示板を舞台にさまざまな考察がなされていた。

 俺もよく覗きに行っていたけど、その中でまことしやかに囁かれていたのが――「バレット復活説」だった。


 主人公ラウルに敗れ、何もかも失い、貧民街へと消えたバレット。

 だが、読者の中には「バレットはいずれ別の形でラウルたちの前に立ちはだかる」という考察が見られた。


 ――と言っても、憶測ばかりで確固たる証拠があるわけじゃない。

 ただ、いい意味でも悪い意味でも、この作品おけるバレット・アルバースという人物の存在はとても大きかった。作者も、作品の感想の返しで、「実はバレットは本作の中でもお気に入りのキャラ」と言っていたから、まだ見せ場があるんじゃないかっていう推察だ。


 ……でもなぁ……この作品、書籍化が決まってから二ヶ月ほど更新が止まっているんだよなぁ……原作におけるバレットの再登場が既定路線だったとしても、それがいつになるかはまったく不透明だ。そもそも完結するのか、この作品。


「バレット様? 何かありましたか?」

「――えっ?」


 深く考え込んでしまった結果、どうもかなり険しい表情をしていたらしい。呼びかけてくれたマリナはもちろん、プリームにレベッカも心配そうな顔でこちらを見ていた。


「大丈夫。なんともないよ」

「そうですか。……でしたら、例の件の報告も行っても?」


 レベッカの声が低くなった。

 例の件――それは、俺がレベッカに依頼したもので、原作では敵側に回るティモンズ先生の身辺調査だった。


「バレット様が睨んだ通り、このティモンズという教諭ですが……少々怪しい動きが見られます」

「ホントか!?」


 女性問題が一応の解決を見た今、目下のところ気にかかっているのはラウルとリックの暴走事件についてだ。

 その鍵を握っているかもしれない人物として、俺はティモンズ先生をマークしていたのだが……あながち的外れではなかったらしい。


「ティモンズ教諭ですが、ここ数ヵ月の間によく出張で国外に出ているようです」

「回数が多いってことか?」

「ええ。――正直言いまして、異常な数です」


 それは臭いな。


「出張の内容は?」

「表向きは、彼が専門にしている魔装技科に関わる論文発表への参加などですが……実態はつかめていません」

「分かった。すまないけど、引き続き調査をお願いできないかな?」

「かしこまりました」


 これ以上ラウルのような被害者を出さないためにも、調べを進めていこう。

 

「頼んだよ、レベッカ。俺はそろそろ寝るよ」

「はい。お休みなさいませ」

「「お休みなさいませ」」


 メイド三人衆にそう告げて、俺は寝室へと向かう。

 

ティモンズ先生の件はまだまだ謎が多い……けど、ひとつだけ確かな事実がある。


これでティーテと心置きなくいちゃつけるってことだ!

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