第34話 嫌われ勇者、幼馴染聖女とデートをする【後編】

 ブランシャル王国の王都。

 

 神授の儀以来となる来訪だ。

 しかし、あの時とは事情がまったく異なる。


「いつ来ても、王都は賑やかですね」

「本当だな」


 馬車を下りた俺たちは、眼前に広がる街並みに圧倒された。神授の儀の時も訪れた場所だけど、やって来た目的が違うってだけでまったく異なった場所にさえ見えてくる。あの頃はまだ俺も精神的にゆとりがなかったからかもしれないが。


 馬車に関しては、御者を務めてくれたレベッカが「お任せください」と言ってくれたので、俺たちは一緒に王都の中央通りへと向かう。


 ――と、


「…………」


 ティーテがジッと俺の左腕を見つめている。

 どうして――ああ、そういうことか。


「ごめんごめん。――ほら」


 俺が腕を差し出すと、ティーテは嬉しそうに自分の腕を絡めてきた。

 うん。

 これで完璧だ。


 中央通りは、この王都でもっとも人が多い場所。

 正直、貴族である俺たちがふたりだけで出ていっても大丈夫なのか不安になるが……勇者と聖女ってことを考えれば、問題じゃないか。


「あ、バレット、あそこです。あのお店に行きましょう」


 そこはティーテが行きつけにしている園芸用品を売る店だった。

 この店は、原作にも出てきたな。


 ……あれ?

 でも待てよ……この店って確か――


「こんにちは」


 考えているうちに、ティーテと共に来店。

 するとそこには、俺が恐れていた展開が待ち構えていた。



「あ、バレット様」



 店内にいたのは主人公のラウルだった。

 そうだ。

 この店はティーテとラウルが初めて会話を交わした店。

 原作で、バレットにより踏み荒らされた花壇を直すため、新しい苗を買いに来たティーテと偶然出会う。ラウルはというと、バレットから「魔剣の力に支配されて我を失ったおまえが花壇をめちゃくちゃにした」という嘘の情報を植えつけられ、緑化委員の人たちに謝罪するため新しい苗を買いに来たんだったな。


「……うん?」


 魔剣の力に支配されて我を失った――原作でバレットが放ったこの嘘は、先日の模擬戦で見せたラウルの状況と似ている。


 これはまだ憶測の域を出ないけど……もしかしたら、バレット(前)はラウルがいずれ暴走することを知っていたのか? あるいは、そうなる可能性を秘めているということを知っていた? だとしたら、暴走の原因になった人物にも心当たりがある?


 原作ではラウルの暴走事件は起きなかった。 

 実は裏でそのようなことが起きてもおかしくはない事態であったが、原作では何かしらの理由があって発生せず、今は俺が原作にない流れを引き起こしているため、本来ならば起きなかった事件が起きてしまっている……?

 

「…………」

「? バレット様?」

「っ! あ、ああ、なんでもないよ。それより、模擬戦の時も言ったけど、そのバレット様ってのはやめてくれないか?」

「えっ!? そ、それは……」


 まあ、これまでの経緯を考えたら、急に変更するなんて無理か。その辺は徐々に慣れてもらうとして、


「……ラウルはどうしてこの店に?」

「師匠の奥様が明後日お誕生日を迎えるそうなので、お祝いの花を買いに。と言っても、お金に余裕はないので、小さな花束になってしまいますが」


 照れ笑いを浮かべながらそう説明するラウル。


 ――原作とは違う理由だ。


 そりゃそうだろう。

 俺は花壇を荒らしもしなければ、その罪をラウルに被せたりもしていない。

 原作でのフラグが破壊されたことで、まったく新しい理由でこの店を訪れたのだ――って、聖騎士クラウスって既婚者だったのか……。


「あっ、それでしたら……こちらの花なんてどうですか?」


 花に詳しいティーテが、生けてあった赤い花を指差して言う。


「原産地は大陸の最北部で、現地ではよくお祝い事に用いられるんです。値段も他の花に比べると安価ですよ」

「おおっ! それはちょうどいい! ありがとうございます!」

「どういたしまして♪」


 おぉ……原作とはまるで違ったやりとりだ。

 確か、原作だとここでふたりはいい雰囲気になって、一緒に食事へ行くんだよな。


「おかげでいい花が買えました。本当にありがとうございます」


 俺たちへ丁寧にお辞儀をしたラウルは、そのまま店を出ていった。

 当たり前だが、ここも原作とは違う流れだ。


「さて、俺たちも目的の物を買うか」

「はい♪」


 ラウルを見送ってから、俺たちは店内を見て回る。緑化委員で使う鉢を購入するつもりだったが、いつしかティーテの屋敷にある庭で使うための道具だったり、緑化委員のメンバーへのお土産だったりと、目的が脱線。


 それでも、俺たちは楽しいひと時を過ごした。

 途中、俺がバレット・アルバースだと気づいた店主が驚きのあまり気絶してしまうというハプニングはあったが、それ以外は特にこれといった問題は起きなかった。……こんなところまで悪名は轟いているのか。この辺もなんとかしないといけないな。


 一方、ティーテは終始笑顔で、心から買い物をエンジョイしている様子だ。



 うん。

 誘ってよかった。

 それに、今度ティーテの屋敷で一緒に庭いじりをする約束もできたし。

 今日は最高の一日になった――俺は心からそう思えた。




 目的の物を購入すると、それを一旦馬車へと預けて、俺たちは再び王都の中央通りへと戻った。

 時刻は昼近くになり、人通りはさらに増えていく。

 俺たちは目についた食堂で昼食を済ませると、その後はマリナたちが厳選してくれた王都デートスポット十選を参考に、いろんな場所を見て回った。

 

 ……なんていうか、全然貴族らしさのない王都巡りだが、俺はどちらかというとこっちの方が性に合っている。

 それは、ティーテも同じようで、俺たちは心行くまでデートを楽しむことできた。




 ――同時に、俺の中で、新たな決意が芽生える。

 休み明けから、ともかくリストを片手に女子生徒との関係清算に乗り出す。

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