第33話 嫌われ勇者、幼馴染聖女とデートをする【前編】
アストル学園におけるスケジュールは、俺がかつていた世界で通っていた教育機関とまったく同じものだった。
五日間は学園で座学&実技。
それが終わると二日間の休日がある。
これは生徒も教師も同じだ。
そのため、今日明日は職員室や学生活動が行われる教室がある中央校舎を除くすべての校舎が基本的に使用不可となっている。
一連の生徒暴走事件に伴い、学園内の警備は強化され、今朝も朝から騎士団の制服に身を包んだ関係者と思しき人物を数人目撃していた。
なんだか、一気に物騒な気配が漂い始めたな。
もしかしたら、学園側は何か情報を掴んだのかもしれない。
そんな中、俺は原作で敵勢力側にいたティモンズ先生について調査をしようと密かに考えていた。――のだが、肝心のティモンズ先生自身はどうも出張中らしく、戻ってくるのは休み明けになるらしい。
となると、例の暴走事件に関与していないのではとも思えてくるが……なんていうか、胸騒ぎがするんだよなぁ。
「バレット様」
「わっ!?」
自室で考え込んでいると、いつの間にかすぐ横にメイドのマリナが立っていた。
「も、申し訳ありません。驚かせるつもりでは」
「だ、大丈夫。それより、どうしたの?」
「いえ、間もなくお時間となるので」
「あ、ああ、そうだったね」
時間というのは、ティーテとのデートのことを指している。
緑化委員で使う新しい鉢を買うためという名目だが、その実、ふたりで街をゆっくり見て回るというデートとしての意味合いが強かった。
とはいえ、デートか……。
まあ、今までもティーテとうまくやって来られたわけだから、よほどのヘマをしない限り大丈夫だろう。
……心配事といえば、やはりバレットの女性関係か。
そもそも、メリアについてもまだ解消されたわけじゃないし。一応、クライネと深い仲にいるようだから、こちら側になびくことはないと考えるが、一度しっかりと謝っておかないといけない。
その他の女子についても同じだ。
バレット(前)が一方的に声をかけて関係を迫った者については、リストを参考にしてこれから謝罪行脚をするつもりでいる。
それが終わらないうちでのデート……もし見つかったら、何を言われるか分かったものじゃない。
可愛い子とデートというだけでも緊張するのに、余計なところでプレッシャーを感じることになるとは……これもまた、嫌われ勇者のバレット・アルバースとして、健全に生きるための試練なのだろう。
早く自由になって、ティーテと心置きなくいちゃいちゃしたいなぁ……。
◇◇◇
デートの待ち合わせ場所は寮の門前。
外にはアルバース家が用意した大きめの馬車が待機してあり、それに乗って目的地の王都まで行く予定だ。
ちなみに、御者はレベッカが務める。
しかし、いくら楽しみとはいえ、四十分も前に待ち合わせ場所に来てしまうとは。まだまだティーテが来るにはしばらくかかるだろうし――
「お、お待たせしました!」
寮の門から見える風景を眺めながら考えていた俺に、背後から声をかけてきたのは――間違いなくティーテだった。
振り返って確認すると――やっぱり、ティーテだ。
「ぜ、全然待っていないよ! ていうか、待ち合わせ時間よりだいぶ早いくらいだ」
「で、でも、バレットはもう……」
「俺は楽しみすぎて居ても立ってもいられなくなって、ついつい早く出ちゃったんだ」
「ふふふ、じゃあ、私と同じですね」
微笑むティーテ。
その笑顔に、俺の心は撃ち抜かれる。
膝から崩れ落ちそうになるのを何とか耐えて、俺は視線を戻す。
そこにいたのはいつもの制服ではなく、私服に身を包んだ嫁(将来)の姿。
この世界のファッションについて、バレットはいろいろと知識を持っていたが、それはどれも上流階級の人間が身につける物ばかり。かつて暮らしていた世界の言葉を借りて表現するならば、高級ブランドってところか。
だが、ティーテが身を包んでいる服装は、そうした高級ブランドのメーカー品ではない。親しみやすい庶民向けのワンピースっぽい造りになっていて、とても似合っている。
……やっぱり、服のブランド云々より、着ている人間の方が大事なんだなぁと痛感させられるよ。
「その服、とても似合っているよ。可愛い」
「かわっ!? あ、ありがとうございます! バ、バレットも素敵ですよ!」
ペコペコと何度も頭を下げていたティーテ。不意に「素敵ですよ」なんて言われたから、俺の方も照れて挙動がおかしくなる。
「この服……一番のお気に入りなんです。実は、お母様からいただいた物で」
「へぇ、リリア様の」
「昔の服をいろいろ手直しして私用にくれたんです」
「リリア様が自ら? 凄いな!」
たぶん、以前のバレットなら「貧乏臭い」と一蹴するだろう。
原作のあいつにとって、物の価値はブランド力で決まるからな。
……まあ、仮にバレットじゃなくても、同じ貴族からすれば珍しいだろうな。当主の妻が自ら針仕事をするなんて。
「じゃ、じゃあ、行こうか。――ほら」
「えっ? あっ……はい♪」
俺は腕を出し、ティーテはそこへ自らの腕を絡める。お互いに恥ずかしがって、思わず笑みがこぼれてしまった。
ここは男として、しっかりティーテをエスコートしないとな。
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