第28話 ティーテのご褒美

 模擬戦のあった日の夜。

 なんと、勝ったその日にティーテのご褒美が与えられることになった。



 どうやら、前の模擬戦でラウルが暴走していなければ、その日に振る舞われることになっていたらしく、すでに準備していたそうな。俺が勝つと思ってくれていたのか……。


 そして夕食後――いよいよご褒美を受け取ることになったのだが、


「――で、なんで部屋から出ちゃダメなんだ?」

「にゃ~……マリナとレベッカが合図するまで、部屋にいてもらうようにしてくださいと言われていますので……」


 俺は猫耳をピコピコと動かし、困り顔のプリームに監視されていた。

 ここは男子寮と女子寮の間にある建物で、消灯時間まで男女が共有できる図書室やトレーニングルームなどがある。以前、ティーテと課題をこなした談話室も、この建物内になった。ちなみに、俺がいるのは申請さえすれば誰でも自由に使える(学生限定)フリールームという部屋だった。大きさは一般生徒が使用する寮室と同じくらいか。


「とにかく、ここで待っていてください」

「でも、俺が命じたらそこをどくだろう?」

「にゃっ!?」


 プリームの尻尾がピーンと伸びる。

 ハーフだけど、見た目は完全にネコの獣人族である彼女は、そのリアクションもそれらしく非常に分かりやすかった。


「そんなことはしないよ。楽しみに待たせてもらうとするさ」

「にゃ~」

 

 安堵のため息(?)を漏らすプリーム。

 俺を部屋から出したくない理由――それは、さっきプリームが言った通り。

 ティーテが用意してくれているご褒美とやらに、どうやらうちのマリナとレベッカのふたりが関係しているらしいのだ。


 それはともかく……ティーテが俺のためにご褒美、か。字面だけ見たら、良からぬことを想像してしまいそうだけど、あの純粋なティーテがそんなことをするわけがないな、とすぐさま考え直した。


 まだもう少し時間がかかりそうなので、俺はイスに腰かけて今日一日を振り返る。


 二度目の模擬戦……最良の結末を迎えたのではないかと思う。


 俺は主人公ラウルに勝利した。

 そのラウルは原作通り、聖騎士クラウスにその実力を認められて弟子入りし、テシェイラ先生に魔剣の調査も依頼できた。クラスメイトや教師たちの見る目も変わっていた。


 文句のつけようがない。

 考えられる限りもっともベストな結果だ。


 ――ただ、少し気になる点もある。


 それは、バレットがラウルへ八百長を持ちかけていたことだ。

 バレットは「わざと負けろ」とラウルへ強要している。

 裏を返せば、バレットはラウルの力を恐れていたとも捉えることができる。

 

 バレットは優秀だ。

 生まれ持ったモノが違う。

 

 ただ、原作でのバレットはそこから先を望まず、現状に胡坐をかいていた。

 自分の力を誰かのために使うことはせず、他者を認めず、保身のために使用した。

 だから……ラウルが自分を脅かす存在へ成長する可能性があると、すでに見抜いていたのではないか。だから、八百長なんて仕掛けたのではないか。バレットとラウル――普通に考えたら、誰もがバレットの圧勝と答える。だけど、当のバレット自身は、ラウルに敗北する未来を予見していたのかもしれない。


 まあ、原作では結局そのラウルに何もかも奪われることになるんだけどね。

 ともかく、バレットについては記憶の共有でもまかないきれていない謎の部分が多い……これからの動きも、慎重にやっていかないと。


「お待たせしました」


 ちょうど思考に一区切りついたところで、見計らったようにマリナとレベッカが部屋へと入ってくる。


 そのふたりに挟まれる形でティーテが立っている。

 手には……バスケット?

 そこから漂ういい香り――これは、


「マ、マフィンを作ってみたんです。よ、よかったら……」


 そう言って、ティーテはバスケットを差し出す。

 そこには、フルーツの入った焼き立てのマフィンが。


 これがご褒美……ティーテの手作りマフィン!!


「す、凄いな……お店で売っている物よりずっとおいしそうだ!」

「ティーテ様はお料理の勉強をしているそうですよ」

「料理?」


 貴族であるティーテが料理とは。

 普通、貴族の屋敷には使用人がいるため、わざわざ自分で料理なんてする必要はない。……けど、そういえば、ティーテのところは元々平民だったらしい。建国当初から国を支えてきた功績が認められての今の地位って話だったな。

 

「エ、エーレンヴェルク家では、たまにお母様が料理をしてくださる時があって……私もそれを見習っていろいろと練習を……」


 顔を真っ赤に染めて説明するティーテ。

 さすがは庶民派貴族のエーレンヴェルク家。領民から慕われる理由は、こうした家庭的なところにあるのだろうな。


「さあ、バレット様! 食べてみてください!」

「ティーテ様の思いの詰まったマフィンを!」


 ティーテ本人と比べて、マリナとレベッカのテンションが高すぎる。というか、興奮しすぎだろ。

 

「ど、どれどれ……」


 メイドたちの視線は気になるが、ティーテが俺のために作ってくれたマフィンだ。早速いただくとしよう。その味は――


「うっま! めちゃくちゃうまいよ、ティーテ!」

「本当ですか!?」

 

 お世辞とか抜きにして、本当にうまかった。

 そして弾けるティーテの笑顔。


 これだけおいしい物が食べられて、しかもティーテの笑顔つき……このためならドラゴンだって討伐できる。


 俺はティーテからのご褒美を堪能しつつ、次のイベントであるデートのプランを練る――その前に、少しでも女性関係をクリアにするという目的を達成するための策を考えなくてはなぁと思うのだった。

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