第26話 主人公、落ち込む

 ラウルとの再戦をウォルター先生へ相談しに職員室を訪れると、


「おおっ! バレット! ちょうどいいところに来た!」


 俺を発見したウォルター先生が、何やら慌てた様子で手招きしている。


「どうかしましたか?」

「いやぁ、それがなぁ……」


 腕を組み、眉間にシワを寄せ、お手本のような困り顔のウォルター先生。いつもの厳つい顔は鳴りを潜め、まるで捨てられた仔猫みたいになっている。


「なんだか……只事じゃない感じですね」

「うむ。実は以前、おまえに頼まれたラウルとの再戦の件だが……」


 それをお願いしに来たのだけど……なんだか、雲行きが怪しくなってきた。


「ラウルのヤツがなぁ……再戦はしないと申し出たんだ」

「えぇっ!?」


 主人公ラウルによるまさかの再戦拒否。


「この前の戦いがだいぶ尾を引いているみたいだ」

「そ、そんな……」


 ラウルによる再戦拒否に動揺するが、その責任の一端は間違いなく俺――というか、バレット(前)にある。

 散々ラウルへ嫌がらせを行い、彼の自信を奪ってきたバレット。原作のラウルはそれにもめげず、秘密の自主特訓を続け、学年が上がった際に行われるクラス別の模擬戦で一矢報いるためにバレットと戦う。

 だが、結果は惨敗に終わってしまう――も、その戦いを見ていた聖騎士クラウスが、彼を弟子にしたことで周りのラウルを見る目が徐々に変わっていったのだ。


 つまり、聖騎士クラウスとの出会いが、ラウルを救う最初の一手になるはず。

 それがなくなってしまったことで、今の彼はまったく救いのないどん底状態に陥っている。おまけに、模擬戦で見せた謎の暴走により、本来ならば見直してくれるはずのクラスメイトたちから白い目で見られるようになってしまった。


 このままではまずい。

 原作はラウルが主人公で、ほとんどの話はラウル視点で進んでいく。

 だから、ラウルが積み重ねてきた努力はすべて知っている。


 どんな逆境だってはねのけてきた彼が、このまま埋もれてしまうのはあってならないことだと断言できる。


「先生……俺がラウルを説得してきます」

「えっ? お、おまえが?」

「はい」

「……分かった。あいつは今の時間――」

「西校舎の屋上で自主鍛錬中ですね」

「そ、そうだ」


 それが日課であることも、原作からの情報で把握済みだ。

 それから、ウォルター先生は聖騎士クラウスへ、模擬戦を見てもらえるよう頼んでくれるという。実は、模擬戦の視察は聖騎士クラウスが提案したものらしいので、きっと見に来てくれるだろうと頼もしい言葉もいただいた。


 さあ、あとはラウルを説得するだけだ。



  ◇◇◇



 西校舎屋上はちょっとした庭園になっていた。

 どうやらここも緑化委員によって管理されているらしい。


 その庭園の一角に、ラウルの修行場があった。

 ……と言っても、単に剣の素振りなどを行うスペースがあるだけだが。

 今もその素振りの最中らしく、ブンブンという風を切る音が聞こえる。


「ラウル、ちょっといいかな」


 俺が声をかけると、ラウルは剣を振っていた手を止めて振り返り――顔面蒼白となった。そんなに絶望しなくても……。


「バ、バレット様……」

「再戦を拒否したんだって?」

「そ、それは……」


 ラウルは沈黙。

 おどおどしており、どこか頼りない。

 そういえば、原作では聖騎士クラウスのもとで修業中、師匠であるクラウスから「おまえにもっとも足りないものは自信だ」と言われていたな。この間の暴走事件で、すっかり自信喪失してしまったようだ。

 

「結果は……目に見えていますから」

「ラウル……」


 光を失い始めているラウルの瞳。

 このままじゃまずいな。


「ラウル、今度は俺をボコボコにする気でやってくれ」

「えっ?」


 困惑したような声をあげて、ラウルは俺を見つめる。


「クラウス殿の前で行う模擬戦では、互いにこれまでのすべてを出し合おう」

「い、いいんですか? ……負けなくても。真剣に戦っても」

「そりゃもちろ――って、うん? どういうことだ?」

「あ、そ、その、前にバレット様が模擬戦などの実践演習はすべて負けろって」

「…………」


 バレット(前)め。

 あいつ……ラウルに八百長を持ちかけていたのか。

 原作での描写はなかったが、それでラウルはバレットに負けていた――恐らく、聖騎士クラウスはそれを見抜き、ラウルの真の実力に目をつけて弟子にしたのだろう。


 じゃあ、ガチンコで戦えば……俺の方が負けるかもしれない?

 そういうわけにはいかないな。

 俺にだって負けられない理由がある。

 ティーテのご褒美のために!


「そのことはなしだ! あの頃の俺はどうかしていた……謝って許されることじゃないのは重々承知しているが、謝らせてくれ――すまなかった」

 

 俺は深々と頭を下げ、誠心誠意、気持ちを込めた謝罪の言葉をラウルへ贈る。最初は戸惑っていたラウルも、俺が本気で謝っているのだと分かってくれたようで、「どうか頭を上げてください、バレット様」と声をかけてくれた。


「分かりました。次の模擬戦は僕も本気で戦います」

「ありがとう……ああ、それから」

「はい?」

「これからは俺のことをバレットと呼び捨てで呼んでくれ。あと、敬語も禁止だ」

「ええっ!?!?」


 今日一番の驚きを見せるラウル。

 それはともかく、こうしてラウルとの再戦は叶った。


 さて……どうなることやら。

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