第22話 約束
緑化委員での活動(と言っても、八割はお茶会だった)が終わると、俺はティーテと共に寮へと戻った。
「いい人たちだな、緑化委員のふたり」
「はい。おかげで毎日楽しく活動できています」
「それはよかった。今はどんな花を育てているんだ?」
「そうですねぇ。例えば――」
ティーテは緑化委員での活動を心から楽しそうに話した。
あの委員長も、クセがあるとはいえ、優しい感じの人だし、同級生のメリアも――
「…………」
そうだった。
あのメリアという同級生の女子……結局最後まで俺への態度がおかしかったな。やはり、原作で描写があった、バレットの《学園内にいる複数の彼女》のうちのひとりだったのか。
なぜか、その点の情報が記憶でも曖昧なんだよな。
きっと、バレット(原作)にとっては無数にいる女性のひとりってことで、名前と顔以外覚えていなかったってことか? 最低野郎め。
だとしたら、なんとか誤解を解いていかないと。
俺にはティーテがいるからな!
「――と、いうわけで、今度のお休みに新しい鉢を買いに町へ行こうと思っているんです」
「へぇ、そうなのか」
「……あの」
「うん?」
ティーテは何やらもじもじしていた。
何か重要なことを告げたい……けど、告げられない。
そんな、複雑な感情が透けて見える。
確か、今度のお休みの日に緑化委員で育てている新しい花を植える鉢を買いに行くって――あ。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「えっ!? 本当ですか!?」
途端に輝きだすティーテの瞳。
休日に男女ふたりが揃ってお出かけ――それはつまり、
「デートだな」
「デっ!? ……はい」
そのつもりで俺を誘ったのだろうが、ストレートに言葉で表現されると恥ずかしさが出たのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ティーテ?」
「あ、す、すいません。その……嬉しくって」
「嬉しい?」
「はい。もし――もし、バレットとこうして普通に話せるようになって、そしたら……デ、デートをしてみたいって、ずっと思っていて……」
ティーテの声は震えていた。
……親が勝手に決めた婚約者で、しかもつい最近まで辛く当たっていたというのに、ティーテは「一緒に出かける」というだけでここまで喜んでくれている。
「だいぶ遠回りしちゃったけど、これが記念すべき第一回目のデートになるね」
「は、はい。そうでしゅね」
噛んだ。
そう緊張しなくてもいいのに。
「これからはもっとたくさん一緒に出かけようか、ティーテ」
「い、いいんですか!?」
「いいも何も、俺たちは婚約者同士――つまり、将来は結婚する仲なんだからさ。もっとお互いのことを知るためにも、ね」
「はい!」
俺がそう言うと、ティーテは嬉しそうに笑った。
原作のティーテは、序盤でハーレム要員として加わったということもあり、最新章ではほとんど出番がない。俺が見ていた最新話までの流れだと、かれこれ二十話ほど本編に登場していないな。
新キャラの見せ場を優先したいという作者の気持ちは分かるが、俺――バレット・アルバースを倒して以降、正直、ティーテの存在は作品の中で空気化していた。まあ、ハーレム要員がまもなく二桁に達しようとしているから仕方ないといえば……そうなのか?
まあ、ともかく、これだけは言える。
原作版のバレットは正真正銘のクズ野郎だ。将来を見据えたら、ヤツのもとを去った判断は正しいと言える。
だけど……もし、ティーテの心にバレットへの好意が少しでも残っていたとしたら?
いくら態度が急変したからって、こんなにすんなりと打ち解けるなんて……やっぱり、親の決めた相手とはいえ、ティーテは本気でバレットのことを……。
――ここでは、ティーテにそんな辛い思いはさせない。
ティーテ・エーレンヴェルクを幸せにするのは主人公ラウルでなく、俺だ。俺がティーテを幸せにする。だから、俺とのデートを楽しみにしてくれているティーテのためにも、彼女に相応しい男にならなくちゃいけない。
そのためにはまず……女性関係をしっかり正しておかないと。
橙色をした空を仰ぎ、俺は改めてそう誓った。
その後、俺たちは寮に着くまでの間、デートのことをいろいろと話し合った。
鉢を買いに行くということだが、それ以外にもいろんなお店に寄っていこうと計画を立てたのだ。
休日は三日後。
今から待ち遠しいな。
◇◇◇
男女で寮は異なるため、俺たちは女子寮近くで別れた。
ティーテは寮に入る直前まで、こっちを振り返り、本当に名残惜しそうにしていた。あと一時間もすれば夕食でまた会えるし、その後は開放された談話室で話せばいい。消灯時間が来るまでの間は一緒にいられるんだ。
「さて、俺も帰るか」
夕食までの時間、俺は今日出された課題をこなすことにした。
原作版のバレットは課題なんて出されなかったが、教師にお願いして出してもらうことにしたのだ。
男子寮へ向かって歩いていると、
「ちょっといいかな、色男くん」
声をかけられ、振り返ると、
「やあ、どうも。一日ぶりだね」
「悪いが、ついてきてもらうぞ……バレット・アルバース」
視線の先にいたのは、テシェイラ先生だった。その横には腕を組んで仁王立ちしている学年主任のウォルター先生もいる。
このふたりが揃っているということは……ラウル絡みの案件で、俺に用があるってことかな。
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