第8話 少しずつでも確実な前進を
荷物を積み直し、いよいよ学園郷へと旅立つ。
経費節約のため、荷物運搬用の馬車一台と、俺たちを乗せる馬車の計二台で行くことにした。
最初は俺と一緒に馬車へ乗ることを「恐れ多い!」と拒んでいたメイド三人だったが、なんとか説得して乗ってもらうことに。
「ほ、本当によろしかったんですか?」
マリナがおっかなびっくり尋ねてくる。
「にゃ~……」
猫の獣人族とのハーフであるプリームも、どこか不安げな表情でこちらを見つめていた。あと、喋り方が猫っぽい。実に素晴らしい。
「全然問題ないよ。それよりも、みんなは狭くない?」
「「「滅相もない(にゃい)」」」
綺麗にハモった。
やっぱりまだまだ硬さがあるな。
ともかく、こうして始まった学園切りつめ生活。
とりあえず、バレット(原作)の趣味である、神授の儀の時のような過剰演出はオールカット。周りから反感を買いそうな行為は慎む。これを徹底して、庶民派勇者であることをアピールしていく。
それが正解の行動であるか……正直、断言はできない。
しかし、何事も行動しなければ、結果はついてこない。
今は思いついたことをドンドンやっていこうと思う。
「あ、見えてきましたよ」
隣に座っていたマリナが窓を指差す。
その先に広がっていたのは、これから俺が生活する学園郷と呼ばれる場所だ。
校舎は周囲を広大な学園湖という湖に囲まれた小島にあり、そこへは大きな橋を渡って進むことになる。
「凄い……」
思わずそう漏らした。
広大で美しい――簡単でありきたりな感想だけど、それぐらいでしか言い表せないし、これ以上に適切な表現もないと思う。
小説では学園郷についての詳しい描写もあったが、こうしてそれを目の当たりに見るなんて……不思議な感覚だな。
周りの自然もそうだが、ここから見える学園の広さにも驚かされる。
到着にはまだまだ時間がかかりそうだったので、その間、俺はメイドたちとの会話に花を咲かせた。
最初こそ、まだ緊張感がにじんでいたが、話を重ねていくうちにその硬さも解けて自然な会話ができるようになっていた。まずは近い距離の人たちから印象を変えていく――まずは第一歩を踏みだせたとみて問題ないかな。
楽しい時間はあっという間に終わった。
と言っても、これは一時的なもの。
何も今日で解散というわけじゃないんだし。
せっかく仲良くなったマリナたちとのおしゃべりはまだ今度に取っておくとして、今はやるべきことをやろう。
橋を渡り、門前で許可証を提示。それから、寮の前の広い庭で馬車は停止した。
「よし、それじゃあ荷物を下ろすか」
「バレット様、それは私たちでしておきますから、先にお部屋へ」
マリナがそう言うと、プリームとレベッカが頷く。
今までのバレット・アルバースなら、そもそも何も言わずにとっとと自室へ戻るのだろうが……今は違う。
運搬用の小さな荷台もあるようだし、重量もない。むしろ、こんな軽い物を女性に運ばせる方がどうかしている。
――って、最初は思ったけど、はたから見るとメイドがいながら主人自ら荷物を運ぶという構図はいただけないのではと考えが変わり、ここはお任せすることに。
「……じゃあ、お願いしようかな」
「お任せください」
「頼むよ。――いつもありがとう、みんな」
せめて、お礼だけはしっかりしようと微笑みながら感謝の気持ちを伝えたが――バレットから素直にお礼を言われた経験のない三人はその場に硬直。到着した別の生徒たちが続々と到着しても動く気配なし。
そのうち、
「あれ? アルバース家のメイドたち……固まってないか?」
「またひどい仕打ちでもうけたんだろう?」
「でも心なしか嬉しそうに見えるような……?」
そんなヒソヒソ話があちらこちらから聞こえてくる。
……いろんな意味で前途多難だなぁ……。
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