第9話 「地味」は誉め言葉

 荷物の運搬作業はすぐに終わった。  

 

 本来ならば、十台以上の馬車に溢れんばかりの荷物を積み、それを大勢のメイドさんたちが手分けして部屋へと運んでいくという大々的な作業を伴うのだが、今回はだいぶ絞り込んだからあっという間に終わった。


 それからの時間は夜まで自由らしいので、俺は寮の周辺を散策してみることにした。マリナたちにも自由にしていいと伝えたが、メイドである彼女たちは何かをしていなければ落ち着けない性分らしく、部屋の掃除をするらしい。さすがにそろそろ休憩してもいいのになぁ。



 そのうち、他の生徒たちを乗せた馬車が増えていく。

 みんな、長期休暇を終えて久しぶりに学園に戻ってきたということもあって、荷物を整理しながら級友との再会を楽しんでいるようだった。


「…………」


 その光景を、俺は遠くから眺めている。

 当然ながら誰ひとりとして話しかけてこない。

 やっぱ、友だちいないのか……。


 そんな時、


「あ、あれ? この紋章ってアルバース家?」

「えっ!? じゃ、じゃあ、バレット・アルバースはもう寮に来ているのか!?」


 ひとりの生徒がうちの馬車の存在に気づくと、やがて周囲にもそれが伝わり、徐々に聖御たちの顔色が変わっていく。


「い、一体いつからいたんだ?」

「わ、分からない……だけど、まだ早い時間なのに、もう運搬作業を終えたのか?」

「いつもなら夕方までかかるのに……」

「そもそも静かすぎる。……あのバレット・アルバ―スにしては地味すぎないか?」

「ええ……信じられないくらい地味ね」

「地味だ」

「地味よ」

「地味すぎる」


 地味地味うるさいよ!


 ……しかしまあ、見方を変えればそれでいいんだ。

 これまでの傲慢で派手な生活をなくすこと。

 転生してから、神授の儀を終えるまでの間に分かったこと――バレット・アルバースという人間がどれほど周囲からよく思われていないか、俺はそれを肌で感じていた。

 ここからの盛り返しは大変だろうが、この世界で、バレット・アルバースとして堅実に生きていくためには、これまでのイメージを払拭する必要がある。


 まずはそのステップ段階。

 多くの生徒に、俺が生まれ変わったことを認識してもらわなくてはならない。

 ……地道にアピールしていくしかないか。


 騒然となっている生徒たちを眺めていると、


「バレット!」


 ティーテがやってきた。

 どうやら彼女も部屋へ荷物を運び終わったらしい。

 

「メイドさんたちの姿が見えないみたいだけど、何かあったの?」

「部屋の掃除をしてもらっているよ」

「えっ!? 荷物を運び終えたの!?」


 あ、そうか。

 そのことはティーテも知らないんだ。

 というわけで、俺はティーテに今回から荷物を減らしたことを告げる。最初はとても驚いていたが、「とてもいいことだと思う」と俺の行動を評価してくれた。


「じゃあ、バレットはこれからどうするの?」

「うーん……ちょっとその辺を散策しようかなって」

「そ、それなら――私もついていっていい?」


 おずおずと、上目遣いに尋ねてくるティーテ。

 そんなふうにお願いされては断れない――まあ、最初から断る気なんてないけど。


「いいよ。一緒に行こう」

「!」


 パアッと花が咲いたようにティーテは微笑んだ。

 うん。

 やっぱりティーテは笑っていた方がいいな。

 原作だと、最初期から出ているヒロインということもあってか、ここ数十話ほとんど出番がなく、結ばれたはずのラウルとの関係も薄らいでいるように感じていたから……なんだか余計にそう感じてしまう。


 

 ティーテと寮の周辺を歩いていると、ちょうど彼女が所属している緑化委員が管理する花壇の近くを通りかかった。


「あ、あの、バレット」

「いいよ。見ていこう」


 休みの間、花がどうなっているか気になっていたのだろう。さっきからずっとそわそわしていたし。


「どんな場所か、案内してもらいたいな」

「もちろん!」


 ティーテはニコニコと笑みを浮かべながら走りだした――その時、



「どういうつもりだ、こらぁ!」



 突如怒号が聞こえてきた。

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