第7話 とりあえず、庶民派をアピールしていきたい

 翌朝。


 緊張もあるのか、かなり早く目が覚めたので、俺は中庭へと出た。

 朝霧に包まれたそこに吹く風はまだ冷たく、寝起きのぼんやりとした思考をクリアにしてくれる。


 誰も見ていない状況で、聖剣を構えた。

 この力に心が呑み込まれないよう、こうして体に慣らしていく必要がある。

 恐らく、原作のバレットはそれを怠り、あのような悲惨な結末を迎えることになってしまったのだろうと俺は分析していた。



 朝食を済ませると、俺は荷造りを始めた。

 この後、王立アストル学園がある《学園郷》へ向け、出発する予定だ。ちなみに、レイナ姉さんは学園生徒会の仕事があるとかで、すでに家を出ていた。


「さて、と……」

 

 とりあえず、着替えやら教科書の類をバッグ五つに押し込んで完了。

 最初はわらわらと二十人以上のメイドたちがついてきて、すべての準備を整えようとしていたが、さすがにそれでは気が引けるので、ある程度片付いて要領が分かってくると、「ここからはひとりでやれるよ」と告げた。すると、メイドさんたちは「私たちはクビということですか!?」と泣きついてくる。余程メイドさんたちに頼りきりだったらしいな、この嫌われ勇者は。


 ……ていうか、今さらながら気づいたんだけど、バレットの使用人って、メイドさんしかいないんだな。原作でもかなりの節操なしだったが、この年齢からその片鱗を見せていたのかよ……。

 バレットの記憶によれば、彼女たちはすべて訳ありの女性だった。

 俺はバレットの記憶こそ見られるが、その行動の裏にある彼の思惑までは読み取ることができなかった。つまり、「過去にこんなことがあったんだ」という情報を断片的に知ることができる程度なのである。


 ……だから、メイドさん絡みでのバレットの行動は少し不可解に思えた。

 というのも、なぜわざわざ訳ありの女性ばかりをメイドとして雇っているのだろう。彼の性格と立場を考えれば、身分がハッキリしている女性を選びそうなものだが。


 とりあえず、メイドさんたちにはクビにする意思はないことを伝え、馬車の用意をしてもらうことにした。


 それと、貴族には学園に同行し、身の回りの世話をする使用人が数名同行するとのことだったので、その人選を行う必要があった。


 さすがに、さっきの大人数で行くわけにはいかないな、と思っていたら、バレットはあの人数で学園に押しかけていたらしい。


 神授の儀の時も思ったけど、バレット・アルバースという人間は、どうあっても自分を周囲の人間よりも上に見せたいという願望があるらしい。

 ある時は神聖な儀式でド派手に振る舞い、またある時は若くて綺麗な女性をメイドにして常に周りを囲ませる。成長して勇者になってもその態度は変わらず、あちこちでトラブルを起こすダメ人間だ。

 それは生まれ持った彼の性というべきか。

両親や姉はまともなのに、バレットだけが突然変異種のように鬼畜で外道なろくでなしって印象だ。

……まあ、生みの親である作者としては、読者が一片の曇りなく「ざまぁ!」と言えるように作りだしたキャラクターなんだから、理不尽なくらいにクソ野郎でも全然不思議には思わないけどさ。


 でも、俺がそのクソ野郎に転生したとなったら話は別だ。


 原作小説には、彼の学園生活に関してそれほど詳しく触れていない。なので、ここから先――勇者となって主人公ラウルを追い出すまでの間に、俺は真っ当な勇者であるということを周囲に認知させていかなければならない。

 そして何より……婚約者ティーテのために。


 そのためにもまずは……嫌味ったらしい金持ちアピールをやめていかないとな。



  ◇◇◇



 結局、学園に同行するメイドは、総勢二十六人から三人に絞り込んだ。


 まず、もっとも付き合いが長く、俺(バレット)を知り尽くすマリナ。俺がバレットに転生して初めて会った人物という思い入れもあったが、彼女はとても有能で、いつも威張り散らしているバレットをうまくコントロールしていた。その適応能力の高さは今後必要になってくるだろう。


 もうひとりはプリーム。彼女は猫の獣人族と人間のハーフで、身体能力が抜群。彼女にはメイド業の他に、体術や剣術の指南役を頼もうと思っている。断じて、俺が猫耳好きだからとか、そういうアレじゃない。


 最後のひとりはレベッカ。とても博識で、とくに魔法学に精通している。三人の中では最年長ということもあってしっかり者。眼鏡が似合う知的な美人だ。


 三人でも、他の貴族に比べたら多いらしい。

 まあ、公爵家だもんねぇ……とはいえ、その地位を盾に好き勝手やっていたバレットの末路を知っているだけに、極力派手さは抑え、庶民派をアピールしていこう。まずはとっつきやすい、「親しみある公爵家子息」を目指すぞ!


 決意も新たに、学園郷へ向かう馬車に乗り込もうと屋敷を出た――と、


「っ!?」


 俺はたまらず足を止める。

 目の前には俺が乗る予定の馬車が止まっているわけなのだが……引くくらい派手な装飾が施されていた。

 おかしいだろ!

 昨日教会に行くとき乗った馬車は普通だったぞ!

 ……あ、よく考えたら、あれはエーレンヴェルク家の馬車か。


「いかがなされましたか、バレット様」


 レベッカが不思議そうに尋ねてくるが、俺からしたらこの馬車の存在自体が不思議そのものだよ。こんなところまでセンス最悪なのか、バレットは。

 しかもよく見たら、馬車は一台だけじゃない。合計で十台以上あるぞ。あれ全部に荷物詰め込んだのかよ!


「えっと、さあ」

「はい」

「荷物……多くない?」

「?」


 キョトンとした顔でこちらを見つめるレベッカ。あれ? 俺なんか変なこと言ったかな?


「今回は短期でのご滞在でしたので、いつもより荷物は少ないはずですが……」

「えっ!?」


 おずおずと語るレベッカの言葉に衝撃を受ける。


「ち、ちなみに、荷物の中身は?」

「九割着替えです」


 配分おかしくないっ!?


「えぇ……俺そんなに着替えていたっけ?」

「これから暑くなりますと、午前と午後、それから授業後と寝る前の一日計四回お着替えをなさります」


 ……なるほど、そりゃ洗濯も間に合わないよね。

 というか、学園の制服何着持ってんだよ。


 これだとレベッカたちの仕事が大幅に増えてしまう。彼女たちには、それぞれ得意分野で俺を支えてもらいたいと考えているので、余計な仕事は極力カットしなくては。


「レベッカ、悪いんだけど……荷物は馬車二台分でいいよ」

「えぇっ!? で、ですが、それだとお着替えが――」

「学園の制服は数着持っていって、それを洗濯しながらローテしていく。運動着や部屋着もそんなにいらない」

「っ!?」


 ついには驚きのあまり、とうとう声が出なくなったレベッカ。


 ……とりあえず、荷造りのし直しだな。



 ちなみに、同じようなことをマリナとプリームに話したらレベッカと同じような反応だった。

 今度から、身の回りのことはもうちょっと自分でやることにしよう……。

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