第6話 嫌われ勇者、今日1日を振り返る
転生初日が終わろうとしていた。
神授の儀のあと、アルバース家の屋敷にティーテたちエーレンヴェルク家の人々と一緒に戻り、本当は軽く挨拶をしてから別れるつもりだったが、ティーテが「もう少しバレットと一緒にいたい」と父親に伝えたらしく、ディナーを一緒にとることとなった。
これまで、俺との接することに消極的だった(理由は痛いほど分かる)ティーテが、これまでと態度を変え、積極的になったことで、エーレンヴェルク家の当主はとても喜んでいた。俺だって、ティーテみたいな可愛い子に「もっと一緒にいたい」なんて言われたら、そりゃめちゃくちゃ嬉しいよ。
そんなわけで、ディナーを楽しんだ後、屋敷の外までお見送りをして、たった今私室へ戻って来た。
「ふぅ……」
俺は背中からベッドへダイブ。一体何を詰め込んだらこんなフカフカになるのかとツッコミを入れたいくらい寝心地抜群だ。
「今日はいろいろあったけど……まあ、楽しかったって方が強いかな」
嫌われ勇者のバレットに転生した当初はどうなるかと思ったが、今日みたいにうまく立ち回ればラウルに「ざまぁ」されず、ティーテと共に平穏無事な人生を送れるはずだ。
「っと、そうだ。忘れないうちに明日の準備をしておかなくちゃ……」
俺は明日以降の作戦を立てるため、気持ちを切り替えた。
とりあえず、現状で把握できていることを中心に整理していく。
まず、ここは【最弱聖剣士の成り上がり】と同じ世界だと思われるが、話の時系列が原作小説とは異なっている。
というのも、今日あった神授の儀関連のイベントについては、第三章の後半にあった回想編で明かされているのだ。話数的には、五十話前後か。
本来の第一話は、ラウルが宿屋でクビを宣告されるところから始まる。そして、第四話でそれがティーテにバレてしまい、バレットは責められた。だが、己の過ちを決して認めないバレットは怒りのままにティーテへ暴言を吐き散らかし、とうとう彼女はバレットのもとを飛び出してしまう。それが、【最弱聖剣士の成り上がり】の冒頭の展開だ。
小説の時系列ではなく、実際の年齢に沿って話が進んでいくとなると、少々困った問題が発生する。
それは、学園生活がメインとなる回想編では、ほとんどバレットの描写がないという点であった。
原作小説で次にバレットが姿を現すのは第一話――学園を卒業し、勇者としての活動を始めてからしばらく経った、十七歳ごろなのだが、それまで、どこで何をしていたかの描写が一切ないのだ。
つまり、この先どのような事態が待ち構えているのか、まったく想像できない。
友人関係に限らず、バレットを取り巻く環境のすべてに注意を払い、周囲からの信頼を得る真の勇者とならなくては……これまでの言動がクソすぎて、どこに《ざまぁ》フラグが立っているのか、正確に把握しきれないから困るけど。
「……とにかく、何事にも真摯に取り組まなくてはダメってことだな」
これに限る。
この先に起きる事態への対処は慎重に。
そして、過去の愚行については償いを。
すべてはティーテとの幸せな未来を築くために。
「……頑張らないとな」
チラリと視線をずらせば、そこには神から授かった聖剣がある。
原作小説では、度重なる愚かな言動が原因で聖剣はその光を失ってしまった。これが転落の頂点だろう。あの回だけPVめちゃくちゃ多かったし。
俺はそっと聖剣を持ってみる。
――たったそれだけの行為なのに、稲妻に打たれたような衝撃が全身を駆け抜ける。
決して嫌な感覚じゃない。
むしろ、全身から力が漲ってくる。
……なるほど。
バレットが調子に乗るのも頷ける。
これはヤバい。
なんでもできそうな全能感に襲われてしまう。
この力に……溺れてしまうかもしれない。
――だけど、絶対にそうなってはいけない。
俺は聖剣を手から放す。
この力に呑み込まれないために、もっと心身を鍛えなくてはならない。
たとえ読者から「は? バレットが勇者として覚醒とかないわぁ」と感想で批判されようとも、あんな惨めな末路だけはゴメンだ。
神授の儀が終わり、これからクラスが再編される。
授業が再開されるのは三日後だが、生徒たちは明日から学園の敷地内にある寮へと戻る予定になっている。
この学園の敷地内っていうのがまた凄い。
王立学園が管理するあの一帯は、「生徒たちにとってここが第二の故郷であるように」という意味が込められた《学園郷》という名で知られている。その広さたるや……具体的な数値では語られていないけど、とにかくデカいってっていうのは伝わる。
「とりあえず、手近にやれることっていったら……」
俺はシーツにくるまりながら、明日の予定を練っていく。
とりあえず、学園に戻ることになるわけだが……どうなることやら。
地に落ちているバレットの評判――どこまで回復できるかな。
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