第3話 主人公に奪われる前に婚約者の好感度を上げていこうと思う
十三歳にしてとんでもないDV野郎の素質を垣間見せていたバレット。
……しかし、それも今日で終わりだ。
ややこしいけど、今のバレットはこれまでのバレットじゃない――俺なんだ。ここから周りの好感度を上げていき、あのようなみじめな最期を迎えないようにしなくてはならない。
その「好感度アップ作戦」における最初の相手は、本命である婚約者のティーテだ。
グラフ表記したら、最下層を抉る勢いの大幅マイナス状態となっているティーテの好感度を上げていき、主人公ラウルに奪われるのを阻止する。これを、当面の目標として学園を過ごしていくことを決めた。
――の、だけど、これは前途多難だぞ。
なぜなら、両家の親たちが気を利かせて俺とティーテを同じエーレンヴェルク家の用意した馬車でふたりきりにするという空間を用意したのだが、ティーテからすれば監獄以外の何ものでもないだろう。さっきからビクビクと怯えっぱなしだった。まるでライオンの檻に放たれたウサギだな。
「な、なぁ」
「っ! は、はい!」
俺が話しかけると、ティーテは背筋をピンと伸ばす。
うぅむ……とてもじゃないけど、盛り上がれる空気じゃないな。とにかく、何か話題を振らないと。
俺は必死になって、ティーテの情報を思い出す。
何か、会話のネタになりそうなもの――そうだ!
「ティーテ。最近はどんな花を育てているんだ?」
「えっ?」
予想外の質問だったのだろう。
ポカンと口を開いて、しばらく動きが止まる。
それもそうか。
ティーテは花が好きで、よく庭いじりをしている。その様子は、原作小説でもたびたび描写されていた。言ってみれば、ティーテの趣味みたいなものだ。
ちなみに、本物のバレットはこれを毛嫌いしており、学園時代にはティーテが学友たちと一緒に丹精込めて作った花壇を踏み荒らし、それを主人公ラウルの仕業に見せかけようとしていた。本当にやることが姑息で陰湿だな、こいつ。
……でも、今はその「こいつ」が俺なんだ。
絶対にそんなマネはしないぞ。
ただ、ティーテは俺からの予想外すぎる質問に対して、どう答えていいか悩んでいる様子だった。もう少し、突っ込んだ質問をしてみるか。
「君の家に、大きな庭園があっただろう?」
「は、はい」
「あれだけの広さだと、手入れも大変なんじゃないか?」
「そ、そうですね……でも、メイドさんや庭師さんも手伝ってくださいますし、楽しくやっています」
お?
まだまだ声に怯えが覗くけど、初めて会話らしい会話ができた気がする。
ここだ。
ここで引かずにもっと話を盛り上げないと。
「ティーテは本当に花が好きなんだな」
「! は、はい! 見るのはもちろんなんですけど、やっぱり育てる方が好きで、この前もお母さまが南方から持ち帰ってきてくれた花の種を――」
調子よく話していたティーテだったが、ハッと我に返って押し黙ってしまう。さすがにやりすぎたと思ったらしい。……まあ、急にテンション変わったから、俺もビックリしたところはあったけど、どうやら話題をこっちへ持ってきたのは正解だったようだな。
「続きを聞かせてくれ」
「バ、バレット様……?」
「リリア様が持ち帰ってきてくれた花の種をどうしたんだい?」
あ、リリア様というのはティーテの母親の名前ね。
何気なく言った母親の名前だったが、それを出したことでティーテの緊張感は完全に解けたようだった。
「先日、綺麗な花を咲かせて、それをお母さまにプレゼントとして贈ったんです」
たどたどしかった話し方は、随分と落ち着いた感じになった。目線も、俺の顔にしっかりと向けられていて、はにかんだ笑顔を見せてくれるまでになった。
いいぞ。
いい傾向だ。
しばらく花壇トークで盛り上がっていると、次はお互いが小さかった頃の思い出話へと話題が移った。
原作小説では語られていない、嫌われ勇者バレットの幼少期。
だけど、俺は覚えている。
バレット・アルバースが、現在に至るまで、どのような人生を歩んできたか、その記憶はしっかりと残されていた――とはいっても、バレットの人格に大きな問題があるため、正直、ろくな記憶ではなかったけど。特にティーテ絡みはひどいものだった。
それでも、ティーテは「あの時は――」と楽しげに語っている。
なんかちょっと意外だ。
相当嫌がらせを受けてきたわけだが、あまり気にしていないのか?
ただ、そういえば……ティーテがバレットのもとを去る時、昔を思い出す描写があったな。あれによると、親が勝手に決めた婚約者とはいえ、バレットに想いを寄せていたと匂わせるシーンもあった。
……もしかしたら、ティーテは今も――
「……あの、バレット様」
「ぬ? うん?」
意識が完全に別の方向にあったので、思わず変な声が出てしまった。
「なんだか……今日はいつもと雰囲気と違いますね」
仲良く話ができているから、ティーテも突っ込んだ質問をするようになったみたいだな。それでも、まだ心のどこかに恐怖心があるらしく、その質問の時だけ声のボリュームが小さかった。
だけど、それも時間の問題だ。
すぐに親しくなって、もっとラフな感じで接するようにしてやる。
そんなティーテを安心させるように、俺は優しい口調で話す。
「今までのこと……すまなかったと言ったくらいで許されるとは思わないが、それでも言わせてくれ。本当にすまなかった」
部屋の時とは逆に、俺の方が深々と頭を下げた。
正直、たったこれだけの謝罪ですべてが許されるはずがない。だけど、まずは口にしてしっかり謝罪することが大事だと思った。
俺の行動に、ティーテは軽くパニックになる。同じ貴族とはいえ、ランクとしてはアルバース家の方が遥かに上。そんな人物に頭を下げられたら、そりゃあ慌てるよな。――が、しばらくすると、
「た、楽しいです」
「えっ?」
「こうして、バレット様とお話ができて……とっても楽しいです」
頬を赤らめながら、真っ直ぐに俺を見つめてそう言ったティーテ。その顔は笑っていた――心からの笑顔だと、そう思えた。
ちょっとチョロすぎやしないか、とも思ったが、そう思ってくれているならそれに越したことはない。原作では「嘘がつける性格じゃない」って書かれていたし、あれは本気の反応だろう。
「これからも、君と楽しい話ができるようにするよ。その準備として、これからは俺のことをバレットって呼び捨てにしてほしい」
「! そ、そんな恐れ多いこと……」
「俺がそう呼んでほしいんだ」
「……分かりました。よろしくお願いします、バレット」
照れ笑いを浮かべながら、ティーテは俺を名前で呼んでくれた。まだ敬語を使っているのが気になるけど、これも近いうちにタメ口に変更させよう。
――そのためにも、俺は改めて心に誓う。
もう二度と……ティーテを悲しませるようなことはしない、と。
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