第2話 嫌われ勇者は嫌われるよりも愛されたい
たとえ超絶嫌われクソ野郎に転生したとしても、人間である以上腹は減る。
というわけで、朝食にしようとメイドのマリナと共に両親のもとを目指していた。
朝食は家族でとるのが我が家――アルバース家の決まりである。
もちろん、父上の仕事の関係上、毎日必ず全員揃ってというのは難しいけれど、極力みんなで食べるようにしている。
「おはようございます、父上、母上」
「おはよう、バレット」
「珍しく遅かったじゃない」
「すみません、ちょっと寝坊してしまって」
すでに両親はいつもの席について、俺を待っていた。
慌てて座ると、隣の席が空いていることに気づく。
「あれ? 姉さんは?」
確か、俺には姉がいたはずだ。
自分の姿を見た時、年齢は十二、三歳くらいだったので、まだ姉さんは騎士団に入っておらず、実家にいるはずなんだけど。
「呼んだか、バレット」
その声に反応して振り返ると、そこにはとんでもない美人が立っていた。
長く伸びた、父上譲りの黒髪を後ろで束ねたポニーテールヘアーの彼女こそ、俺の姉であるレイナ・アルバースだ。
不思議なもので、前世の俺とは縁もゆかりもない人物のはずが、自然に「この人は俺の姉」と認識している。それは両親を前にしても同じだった。この辺は、バレット自身の記憶が入り混じっているためだろう。
――WEB小説版のバレットは、こんな美しく、心優しい姉にもとんでもなくひどい仕打ちをしている。
勇者となって旅に出た後、難関ダンジョン攻略のために姉さんの婚約者である騎士アベルをお供にするのだが、その婚約者はバレットのわがままが原因で窮地に陥り、とうとう命を落としてしまう。おまけにバレット自身はその責任を主人公ラウルになすりつける始末だった。
ちなみに、その後、ラウルとティーテによって真相を知らされた姉のレイナは、バレットに絶縁を告げる。また、この事件をきっかけに、神授の儀以降の目に余る言動にうんざりしていた両親からも見放され、屋敷から追い出されてしまうのだ。
あと、婚約者を失って失意のどん底にいる姉さんを主人公ラウルは優しく慰め、のちに騎士兼ハーレム要員としてパーティーに加える。自分の姉がハーレム要員とか……あまり考えないようにしよう。俺が頑張って、アベルさんを巻き込まないようにすればいいだけの話だし。
ただ、こうして振り返ると、バレットってヤツは――
「……救いようがねぇ……」
誰にも聞こえないようなボリュームで愚痴をこぼす。
なんだってこうクズなんだよ、バレット……ていうか、この場合は設定した作者に責任があるのか? まったく、転生する身にもなってほしい。
……でも、そのバレットの迎える未来というのは、そのまま今の俺の未来でもある。
なんとかしてそれを阻止しなければいけない。
せっかく、剣と魔法の世界に転生したんだ。おまけに、前評判が絶望的に悪いとはいえ、聖剣に選ばれ、きちんと鍛錬を積めば今以上にチート無双できる強さのキャラ……満喫するには十分なスペックだ。
ともかく、あんなみじめな末路だけは迎えたくない。
「? バレット? 体調でも悪いのか?」
「ち、違うよ」
「そうだぞ、レイナ。今日はバレットの晴れ舞台の日じゃないか。興奮して眠れなかったんだろう?」
「えっ? あ、ま、まあ、そんなところかな」
「おいおい、今からその調子でどうするんだ?」
「はっはっはっ!」と、父上は豪快に笑い飛ばす。
そうだった。
俺――というか、バレット・アルバースの運命を大きく変える大事な日。
今日は神授の儀が行われる日だ!
神授の儀とは、神からの贈り物を受け取る儀式のこと。
十三歳になった男女が、教会に出向き、そこで司祭を通し、神から祝福という名のアイテムを授かるのだ。
これは剣や弓といった武器から、それ以外のアイテムまで、とにかく幅広い。ただ、そのアイテムは間違いなく、与えられた人物にとって大きなプラスになるとされる。ここで授かったアイテムをもとに、将来の職業が決まると言っても過言ではなかった。
……というか、神授の儀をやるなら、俺の今の年齢は十三歳で確定か。
思い出してみると、バレットが登場するシーンで、もっとも年齢が若かったのは、回想編に登場する十三歳だったな。だから、この年齢に転生した――のかな?
「そう気負うな」
俺が思考を巡らせ、黙っていることを緊張していると思ったらしいレイナ姉さんは、優しく微笑みながらそう言ってくれた。そんな姉さんの腰には、三年前の神授の儀で授かった、美しい装飾が施された剣がある。
「大丈夫。おまえならば、きっと私よりいいアイテムを授かるはずだ」
「姉さん……」
うぅ……本当にいい姉だよ。
俺がバレットになったからには、絶対に婚約者アベルを生かしてみせる。だから幸せになってくれ、姉さん! あなたはハーレム要員になっていい人じゃない!
「……うん?」
婚約者……そうだ。俺にも婚約者がいる。そして、今日は神授の儀がある日ということは、当然、あの子も――
「おっと、あまりのんびり食べてはいられないぞ。今日の神授の儀にはエーレンヴェルク家の御令嬢と一緒に行くことになっているからな」
父上が口にしたエーレンヴェルク家の御令嬢――それこそ、俺の幼馴染であり婚約者であるティーテ・エーレンヴェルクだ。
朝食後。
俺は着替えを終えて、ティーテを待ち構えていた。
ティーテも作者のSNSでキャライラストが公開されていたから、どんな格好でどんな顔をしているかは把握している。
しばらくすると、コンコンと部屋をノックする音が。
「ど、どうぞ!」
緊張したせいで、声が裏返ってしまう。
原作では最終的に主人公と結ばれるヒロインのティーテ。
だが、今はまだ嫌われ勇者バレットの婚約者――つまり、俺の婚約者だ。
ここから先、ティーテとの関係を良好にしていかなければ、俺は最終的に貧民街へと落ちぶれてしまう。つまり、ティーテは主人公ラウルと並び、今後のフラグ管理が大事になるキーパーソンのひとりだといえる。
そんなことを考えているうちに、部屋のドアが開いた。
「おはようございます、バレット様」
現れたのはまさしく美少女。
腰まで伸びた美しい銀髪に端正な顔立ち。その立ち姿はまるで一幅の絵画を彷彿とさせる。とても十三歳には見えない、大人びた雰囲気の子だ。
彼女が【最弱聖剣士の成り上がり】におけるヒロインのひとり――ティーテ・エーレンヴェルクだ。
原作の設定だと、アルバース家以外からも求婚してきた貴族がはいたそうだが、家柄を重視した両親が勝手にバレットとの婚約を了承したらしい。
しかし……本当に可愛いな。当たり前――と言っていいのか分からないが、作者のSNSで見たラフ画そのままの容姿だ。そりゃ国中の若い貴族から求婚されるわけだよ。俺だって、ラフ画を見た時は一番グッとくるものがあったキャラだし。控えめに言って最高だ!
……が、ここで俺はある異変に気づいた。
ティーテはわずかに震えている。
あと、最初に「おはようございます」と発してから何もしゃべらなくなったし、しっかりと俺に目を合わせていたのだが、徐々に顔が下がっていって今は完全に俯いた状態になっていたのだ。
「ティ、ティーテ?」
恐る恐る声をかけると、
「申し訳ございません!!」
突然、ティーテは大声で謝罪し、深々と頭を下げた。
一体何が起きたのか、理解が追いつかない。情報が処理できないというか……ティーテは何をしているんだ?
「このたびは……到着が一分も遅れてしまい……本当に……私……」
泣きじゃくるティーテ。
……ていうか、何? 一分の遅刻? そんなのただの誤差だろ?
そう思った時、俺はバレットの設定を思い出す。
ヤツは、婚約者であるティーテへ何かと注文をつけていた。同じ貴族でも、地位が高いことをいいことに陰湿なことをしていたな。そのくせ、自分は成長して旅に出ると、あちこちで女性に声をかけたり、娼館を貸し切りにしたり、やりたい放題だった。
ともかく、これまでの経験上、嫌がらせの口実を与えてしまったと思ったから、あそこまで怯えていたんだ。こんなに可愛くて、真面目で、完璧な女の子が婚約者だというのに――どこに不満があるっていうんだ、この野郎!!
「……本当に救いがない」
「えっ?」
「いや、なんでもないよ」
とりあえず、実感した。
ティーテの俺への好感度は、ゼロを通り越してマイナスだ!
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