嫌われ勇者に転生したので愛され勇者を目指します! ~すべての「ざまぁ」フラグをへし折って堅実に暮らしたい!~

鈴木竜一

第1話 嫌われ勇者のバレット

 小鳥の囀りが聞こえる。

 ゆっくりと目を開けると、見慣れない天井が目に入った。

 そのまま上体を起こして周囲を見回してみる。

 机、イス、窓、ベッド……ひとつひとつ確認していくが、なんとも不思議な感覚に陥った。


――どれも知らない物のはずなのに、俺はそれらを知っている。

 

 机とイスはお屋敷に長らく仕えている庭師のロブ爺さんが六歳の誕生日の時に作ってくれたもので、このベッドはグウィネス叔母さんが買ってくれた。角についている傷は、部屋で剣術の自主訓練をしている際、振った模造剣が当たってしまった時にできたものだ。


 なぜ、そのような情報を知っているのか。

 頭に霧が立ち込めているような、スッキリしない感覚が襲う。

 その時、部屋の隅にあった姿見に映し出された自分を見て、俺は驚愕した。

 短く切り揃えられた茶髪。

 目つきこそ悪いが、それ以外は整っている顔立ち。

 こいつは確か――



「嫌われ勇者のバレット!?」



 思わず俺はそう叫び、しばし呆然としていた。

 すると、部屋のドアをノックする音が。

 

「おはようございます、バレット様」


 声の主は僕の世話係をするメイドのマリナだった。

 そこで、こんがらがっていた俺の思考は紐解かれる。

 ……いや、ちょっと違うな。

 散らばっていたふたつの記憶がひとつに融合したと言った方がしっくりくるだろうか。


「どうかされましたか、バレット様。お加減でも優れませんか?」

「っ! あ、なんでもないよ!」


 俺が部屋から出てこないことを不審に感じたメイドのマリナが、心配そうに声をかけてくれた。安心させるためにも、まずは部屋を出ないと。

 

「おはよう、マリナ」

「っ! お、おはようございます」


 普通に挨拶をしただけなのに、マリナは額に汗をにじませ、目を丸くして驚いていた。


 無理もない。


 ――だって、きっと《本物》のバレット・アルバースは、絶対にそんなことを言わないだろうから。

 


  ◇◇◇



 俺はWEB小説が好きだ。

 特に最近のお気に入りは【最弱聖剣士の成り上がり】という作品で、最新話が投稿されると必ずその日のうちにチェックするほどハマっていた。

 

 この小説の醍醐味はズバリ、《ざまぁ》要素にある。


 勇者パーティーで虐げられてきた主人公ラウルが、追放されたことをきっかけに秘めたる力を覚醒させ、勇者パーティーを差し置き、真なる勇者として世界を救う――ストーリーの大筋は大体そんなものだ。

 勧善懲悪というのか、とにかくゲスな連中を、覚醒した主人公がバッタバッタと倒していくという痛快な話の流れに、多くの読者はカタルシスを感じていた。


 国内最大の投稿サイトでは、ブックマーク数が一週間で五万を越え、現在は十万の大台を突破した。すでに大手出版社からの書籍化とコミカライズが決定しているという。


 何を隠そう、その超人気作【最弱聖剣士の成り上がり】に登場するのが、今の俺――バレット・アルバースなのである。


 そのバレットは主人公と敵対する、いわばゲスの部類に含まれる存在だ。


 ちなみに、俺がバレットの顔を知っていたのは、作者がSNSにあげたキャライラストのラフ画を見たから。


 そんなバレットの半生について、俺は記憶を遡って思い出してみる。


 大陸最大国家――ブランシャル王国の中でも、超名門貴族とされるアルバース公爵家の子息という立場。家柄からすでにチート気味だが、それだけにとどまらず、神授の儀によって神から聖剣を託される。バレットは、世界中の人々から期待される、まさに勇者となったのだった。

 

 順風満帆な人生を送っていたバレットだが、勇者となったことでこれまで以上に増長し、ついには「俺は神に選ばれた男だ」と、公言するようになる。周囲を見下し、陥れ、自分に逆らう者は決して許さない。聖剣が持つ強大な力に溺れ、ある意味、魔王よりも厄介な存在となってしまったのである。


 そんなキャラなんで、読者からの印象も最悪。


 クズ。

 ろくでなし。

 外道。


 これが、読者の感想によるバレットの三大評価だった。


 やりたい放題のバレットだったが、同じパーティーにいた主人公の聖剣士ラウルを追放したことから、彼の転落人生が幕を開ける。

 

 その最大の要因は、幼馴染で聖女のティーテ・エーレンヴェルクにある。


 幼馴染である彼女と婚約をしていたバレットだったが、ティーテはその傍若無人な振る舞いに辟易していて、なんの罪もなく、パーティーのために尽力していたラウルを「気に入らない」という理由だけでパーティーから追放したことで、とうとう愛想をつかし、自らもパーティーを抜けてラウルと行動を共にするようになってしまうのだ。


 おまけに、ふたりはのちに恋人同士となり、ついにはお互いの愛を確かめ合うよう激しくベッドで――と、さすがに具体的な描写は省かれているが、ぶっちゃけると心身ともに結ばれたのである。

 ちなみに、本作にはハーレムタグもついており、ティーテ以外にも複数のヒロインがいて、主人公ラウルはその全員と心身ともに結ばれている。


 まあ、それはさておき、ともかくバレットはラウルを「婚約者を寝取ったクズ野郎」と、自分のことを棚に上げた逆恨みをし、執拗に追いかけるようになる。

 だが、その行動が仇となり、ラウルが離脱してからはダンジョンの攻略が遅々として進まず、これまでの振る舞いもあって勇者としての称号と爵位を国王によって取り消されてしまうのだ。


 何もかも失い、落ちぶれたバレットは、すべてを取り戻すためにラウルへ最後の戦いを挑むのだが、魔剣の力を開放し、本格的に覚醒を果たした上に信頼できる仲間と愛する女性たちに囲まれた彼に勝てるはずもなく、一撃で無様に倒される。失意の中、バレットは貧民街へと消えていき、それ以降、話の本筋には関わってこない。



 そんなバレット・アルバースに、俺は転生してしまった。

 ……どうしよう。

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