第214話

 いつものようにエドを外に待機させ、神殿の中に足を踏み入れると蒼太が予想した通り外観からは想像できないほどの広さだった。


「わあ、すっごい広いね」


 レイラは嬉しそうに神殿のあちこちを眺め始める。


「確かにすごいですね、これグレヴィンさんが作ったんですよね?」


 信じられない、といった様子でディーナが呟いた。



「顔が広かったからな。ここに来る方法にしてもそうだが協力者がいたんだろう。さすがに一人でというのは、いくらなんでも無理があるだろうしな」


「そうですよね……うふふ、なんか楽しそうに作ってるグレヴィンさんの表情が思い浮かぶようです」


 ディーナにつられて、蒼太もグレヴィンのことを思い出して笑みを浮かべた。


『私が集落を守っている間こんなことをしていたのだな。らしいといえばらしいが』


 アトラはやや呆れた声を出して神殿の中を眺めていた。



 たまにレイラが横道にそれつつもまっすぐ進んでいくと、開いたままになっている大きな扉の前に辿り着いた。


「ここに入ればいいのかな?」


 レイラが何の警戒もせずにそのまま扉をくぐろうとする。


「待て」


 が、蒼太に肩を掴まれその動きは止められた。


「えっ?」


「お前は俺たちの話を何も聞いてなかったのか……ここは俺たちの昔の仲間が作った迷宮だ。ここまでは特に何もないようだったが、ここから先は何があるかわからないんだ、気をつけろよ」


 蒼太があまりに真剣な表情で注意してくるので、レイラはごくりと喉を鳴らした。



 蒼太はレイラから離れると扉の淵に触れて、魔力を流して扉の性質を解読していく。


「これは……ここから迷宮に繫がってるのか」


「この扉自体はかなり古いみたいですね、私たちがいた頃よりも更に昔のような……」


 ディーナの見立てはあっており、古ぼけたその扉からはかなりの年月の経過を感じ取ることができる。


「あぁ、おそらく元々ここにあった迷宮をグレヴィンが改造……いや魔改造して、自分の作品の保管庫にしたんだろうな。とりあえず、この扉は通った瞬間に迷宮内にワープさせるだけの装置みたいだ。だけ、というにはかなり凝った作りみたいだけどな……向こうが透けて見えるように加工されてて、別の空間に繫がっているようには全く見えない」


 蒼太は扉自体の技術に舌を巻いていた。



「そ、それって何か意味あるの?」


「いや、何も知らずに通ったら驚くくらいだろうな。ただ、この技術がすごいってだけさ」


「なんだあ」


 蒼太の言葉にがっかりとするレイラだったが、蒼太はこの扉を作った者に興味を持っていた。


「興味はつきないが、とりあえず中に行ってみるか……レイラ、慎重に進めよ」


 にやりと笑みを浮かべながらレイラに注意をすると、蒼太は一番手に扉をくぐって行った。



「すごいな」


 扉を抜けた先で蒼太の口から自然と漏れた言葉はそれだった。


「わあ、すごい綺麗ですね」


「すっごいねえ!!」


 女性陣の評価も蒼太と同様だった。



 そこには幻想的な水の迷宮が広がっていた。壁を沿うように水が流れ、通路端にも水路がある。綺麗な水辺にしか咲かない花や草も生えており、小さな水の精霊の姿も視認できるほど美しい魔力に満ちていた。


『これを作りたかったのか……グレゴール殿は生前言っていた。精霊たちが住める美しい環境を作りたい、と』


 エルフ族は風や木の精霊と共存して、時にはその力を借りるが、小人族は属性を問わず精霊を信奉していた。その気持ちが形になったのがこの迷宮だというのが端々から滲み出ている空間だった。


「迷宮っていうからもっとおどろおどろしい場所を想像していたけど、綺麗だね……」


 さっきまで興奮していたレイラの口調は落ち着き、うっとりと風景に見とれていた。



「確かにすごいが油断はするなよ。何があるかわからないのは変わっていないからな、精霊たちには住みやすい場所からもしれないが、そこに立ち入った俺たちは異物として扱われるかもしれないぞ」


 その言葉通り、蒼太たちがこの迷宮に足を踏み入れた時点から迷宮内の空気は徐々に変化を見せていた。


『うむ、何かが起こっておるようだのう。精霊たちの動きも少し騒がしくなってきたように感じる』


 この中で最も魔力の変化に敏感な古龍の言葉は、一行に緊張感をもたらした。



「進む陣形だが、俺とアトラが先頭を進む。その後ろをレイラが、後方をディーナと古龍に頼みたい。何か異論はあるか? ……ないみたいだな、それじゃ出発しよう」


 蒼太の提案に全員頷いたため、そのまま進行することにした。


 レイラは純粋に風景を楽しんでおり、時折声を出しながら感動していたが、それ以外の面々は周囲の警戒を怠らずにいた。



「魔物の気配はないみたいだな」


「えぇ、ですけど」


 蒼太の言葉にディーナが銀弓を構えると、そのまま弦を引き絞り矢を放った。


「えっえっ? 何?」


 レイラは気づいていないようだったが、通路の先には小型のゴーレムが数体目視できていた。


「ゴーレムが守備の主力みたいですね」


 その攻撃はゴーレムの核を貫いていた。



「そうみたいだな、環境を変化させないように魔物は配備していないのかもしれない」


 レイラを無視して蒼太とディーナは話を進めていく。


「ふわーん、わんちゃん。二人が無視するよー」


『ふむ、気持ちはわかる。と言いたいところだが、レイラ殿はもっと周囲に気を配るべきだ』


「げふん、味方はいなかった……よっし、気合入れよう」


 レイラはがっくりと肩を落とすが、顔を上げると気を引き締めて集中していく。



 道中には何度も小さなゴーレムが出てきたがほとんどが銀弓の一撃で倒され、途中から自分から名乗り出たレイラが交代するが手ごたえはなく、グニルによってあっさりとゴーレムは倒されていった。


「やった、楽勝だね!」


 自分の成長に喜ぶレイラ。


「さて、今までのは前座なんだろうな……」


「ですね」


 蒼太とディーナは目の前のゴーレムのことは歯牙にもかけず、更に奥に控えている強い気配を感じ取っていた。

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