第212話

「昨日は食いすぎた……」


 昨日の夕食の山のような料理を思い出すだけで蒼太は胸焼けしていた。


「ふふっ。あれは、ちょっと多かったですね」


 ディーナは食べる量をセーブし、途中でうまく抜け出したため蒼太のようなムカムカはなかった。


『私には丁度いい量だったぞ』


『我も、あれくらい食べられれば十分だのう』


 アトラ、古龍の二人は好きなだけ食べられたことに満足していた。



 本来であれば、蒼太たちは結論が出たらそのまま出発する予定だったが、レイラを胴上げした流れで宴が始まってしまい、それは深夜晩くまで続くこととなった。蒼太も最初は止めようとしたが、その熱狂振りとレイラを送り出す前の最後のお祝いとあって、それも憚られたため、そのままなし崩し的に宴に参加することとなってしまった。


「とにかく、今日は何が何でも出発するぞ」


 蒼太たちは、借りた家を出て真っすぐガインの家へと向かっていた。



 ガインの家に辿り着くと、既にレイラが家の外で待っていた。


「あ、みんな。よかったあ、もしかしたらあたしを置いて出発したんじゃないかと不安だったよ」


 レイラは蒼太たちが約束の時間に来たことに安堵する。


「そうそう約束は破らないさ、それよりそっちはもう出られるのか?」


 レイラが一人でいたため、別れの挨拶などを考慮して蒼太は質問する。


「うん、おじいちゃんは昨日飲みすぎたみたいで寝込んでるし、おばあちゃんも片づけを最後までやっていたからね。ゆっくり休ませてあげるよ。それに、別れの挨拶なら昨日のうちにたくさんしたからね」


「わかった、それじゃあ早速出発だ。俺たちがここに来たとこから飛び立とう。さすがにここからだと、みんなを起こしてしまうからな」



 蒼太の言葉通り周囲は静まり返っており、いつもであれば早起きな者は散歩や外の掃除などを始める時間だったが昨日の宴の疲れからか起きて来る者はいなかった。


『そうだのう、起こしてしまったらまた騒ぎになりかねんからのう』


 一行を乗せていく古龍は蒼太の言葉に同意する。風の結界を張って音を遮断してもよかったが、そこまでしなくてもただ移動すればいいだけだったので、急がずにゆっくりと街並みを眺めながら行くことにした。



 レイラは別れは済ませたと口では言っていたが、やはり名残惜しさがあり街並みを目に焼き付けようと感慨深そうに眺めていた。


「古龍がいればすぐに来ることはできるだろうから、そこまで深刻にならなくてもいいぞ」


「え? べ、別に深刻になんてなってないよ!」


 その強がりを聞いて、ディーナは思わず笑顔になる。


「ふふっ、レイラさんは可愛い方ですね。ガインさんが可愛がる理由もわかります」


「か、可愛い!? そ、そんなこと言われたのあたし初めてだよ。それこそディーナさんのほうがあたしなんかより格段に可愛いと思うけど」


 言われなれない言葉だったためレイラは顔を赤くしていた。



「そんなことありません、レイラさんはとっても可愛い方ですよ」


 男勝り、負けず嫌い、無鉄砲、ボアみたいなやつ等々可愛いとは程遠い言葉なら何度も投げかけられたことがあったが、ディーナのような可愛いを体言しているような相手に可愛いと言われたため、嬉しさよりも戸惑いが強かった。


「素直に受け取れないのはわかるが、素直に喜んでおけばいいさ。ディーナは思った通りのことを言っているだけだからな」


「そ、そうなの?」


 蒼太の言葉を疑問に思いながらディーナの表情を確認すると、彼女は笑顔で頷く。



「もちろんです、どうしても嘘をつかないといけない時や誤魔化したい時は除いて、基本的に嘘はつきません」


 それを聞いて、レイラはますます顔を赤くしていった。


「お、あそこらへんだったな」


『うむ、おそらくあのあたりだのう。それよりも……誰かおるのう』


 古龍に言われ、蒼太は視力を強化する。


「あれは……レイラに回し蹴りを喰らった奴じゃないか?」


「……えーっと、あいつかな?」


 レイラは何となくの候補は浮かんだが、未だ待っている人影の顔を確認できておらず自信がなかった。



 一行が近づくと、彼の方から声をかけてきた。


「お、来たか。ここから出発すると予想して待っていたが、あっていたようでよかったよ」


 蒼太が言っていた通り、彼はレイラに見事な回し蹴りを二度くらった青年だった。


「どうしたの? みんなまだ寝てたみたいだけど」


「お前に別れの挨拶をしようと思ってな。昨日はどんちゃん騒ぎでゆっくり話すこともできなかったから」


 彼は真剣な面持ちでレイラに話しかけている。



「わざわざありがとうね。で、ヴィクターの話っては挨拶だけなの?」


 その様子からレイラは何かを感じ取ったらしく、話の続きを促した。


「いや、まあ、な。わかってるんだろ? 俺の気持ち……」


「わかってるけど、ちゃんと言ってくれないと」


 何やら甘酸っぱい様子の二人を蒼太たちは少し遠巻きに眺めている。もちろん聴力は強化済みだった。



「じゃあ、言わせてもらうぞ」


 より真剣な表情で、額には汗を浮かべて緊張している様子のヴィクター。彼がこれから発する言葉を真剣に聞こうという表情のレイラ。


「ソフィアとの結婚を許してくれ!」


 話をしている当事者二人の表情はいたって真剣そのものだったが、蒼太たちは想像した内容とは違う発言に一様に首を傾げていた。


「あたしにあんなに無様にやられたのに、そんなことを言えるの?」


 蒼太たちを置いてけぼりにして、二人の話は進む。



「わかっている。だが、それでも、無様でもお前にはソフィアとのことを認めてもらいたいんだ! お前は遠くに旅立ってしまう、だからこれが最後のチャンスなんだ!!」


「……あの子は何て言ってるの?」


 レイラはトーンを下げ、必死に食らいつくヴィクターへと質問する。


「まだ、言ってない。レイラに許可をもらってから言おうと思っている」



 状況を把握できないため、蒼太は話を聞かずあたりを眺めていると木の陰に一人の女性がいるのを発見する。どうやら彼女もレイラたちの会話を聞こうと徐々に近寄っているようだった。


「もしかして……」


 蒼太はそんな彼女のもとへと素早く近づいていき、近くまで寄って声をかけた。


「あんたがソフィアか?」


「ひゃあああああ!」


 声をかけられると思っていなかった彼女は大きな声を出してしまったため、レイラたちにもその存在がばれてしまった。



 当事者が揃ったところで改めて話を聞くと、三人は幼馴染で何をするにも一緒に遊んでいた。成長するにつれてそれぞれの道を歩んでいき、その内にヴィクターとソフィアは恋仲になったが、それを仲間はずれにされたような気持ちがしたレイラは良くは思っていなかったようだった。


「最初から言ってくれてれば、こんなにこじれなかったんだけどね……まぁいいか。ソフィア、ヴィクターが話があるんだって。ほら言いなさい!」


 彼女はヴィクターの背中を強く押し、ソフィアの前へと強引に立たせる。最初は落ち着かない様子だったが、ここが勝負だと思いなおし覚悟を決める。


「そ、ソフィア。俺と結婚して下さい!!」


「はい、喜んで」


 ソフィアの即答を聞いて、ヴィクターは彼女を抱きしめる。その様子をレイラが見守る中二人は結ばれることとなった。



「……そろそろ出発してもいいのか?」


 事情を聞いたものの、余りに突然なやりとりだったため蒼太は思わずそう呟いていた。

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