第210話



「はいはい、怪我人はこっちに連れてきて、重症者はそっちのディーナのほうに行ってくれ」


 蒼太はレイラと竜人族との戦いで傷ついた者の回復をディーナと共に請け負っていた。蒼太が回復のために用意したのは、数人が横たわれる広さのシートだった。それには回復魔法が付与されており、寝ているだけでも軽い怪我を回復することができ、更に魔力を込めることである程度の怪我まで回復させることができるものだった。


 人数が多いため、ディーナにだけ任せてはパンクしてしまうだろうとの判断からだった。



 一方でディーナはシートでは間に合わないような大きな怪我を負った者の対応を担当している。


「はい、順番に並んでください」


 ディーナは怪我の状態によって、回復量を調整し一人でも多くの治療を行えるように判断していく。ある程度の回復を終えると、次は蒼太のもとへと回ってもらうようにする。


 二人の治療が終わった者は順次休憩できるスペースへと運ばれていった。



「うりゃあああ!」


 レイラの声が広場に響きわたり、次々に竜人族の戦士が倒されていく。いつもレイラにやられているので、今度こそはと人数をかけて戦いを挑んだがそれも敵わない様子だった。


 倒されていく中には、蒼太たちがこの島に来た時に広場でレイラに蹴飛ばされた男もいたが案の定再び蹴飛ばされていた。


「ふう、今ので最後かな?」


 レイラは立っている戦士がいなくなったのを確認すると、一息ついて槍を下ろす。



「レイラ、まだ終わってないぞ?」


 そう声をかけたのはガインだった。その手には身の丈を越える巨大な槍が握られていた。


「お、おじいちゃん?」


「最後の相手はわしじゃ!」


 そう宣言すると、手に持った槍を構えレイラへと突き出していく。



「わ、わわ、は、速い!」


 レイラはその攻撃をなんとかグニルで防いでいくが、ガインの突きは他の誰よりも鋭かった。


「ほれほれ、わしに力を見せるんじゃろ? これくらい乗り切ってみせい」


 ガインは歳でいえば、レイラの数十倍だったがそれを感じさせない動きで徐々にレイラを押し込んでいく。


「くっ、おじいちゃんこんなに強いなんて!」


 さっきまで自分に向かって来たどの戦士よりもガインは強かった。しかし、ガインに力を見せることで旅の許可をもらうことになった今、相手が強いからといって尻込みするわけにはいかなかった。



「グニル、力を貸して!」


 レイラはグニルに声をかけると、魔力を流していく。そのことによりガインの一撃を受ける手にも余裕が出てくる。グニルに魔力が流されたことで、グニル自身がその衝撃を緩和してくれている。


「ほうほう、なかなかやりおるのう。確かにソータ殿にもらった槍は優秀だな、しかしそれは果たしてお前の力か?」


 ガインの攻撃は更にその鋭さを増していった。



「ガインもさすがだな、レジナードの弟だけのことはある」


 ガインの兄レジナードが勇名をはせた勇者であったため、ガインはその影に隠れてしまうことが多かったが、同じ遺伝子を受け継いでおり兄と比べなければ十分優秀な戦士だった。そして、兄同様に歴戦の戦いを生き抜いたその経験はレイナでは太刀打ちできるようなものではなかった。


「すごいですね、お年寄りのような口調ですけど竜人族の寿命は本来長命ですから肉体的な衰えはあまりないのでしょうね」


 治療を終え、蒼太のもとへとやってきたディーナの分析は的を射ていた。ガインは普段は好々爺といった様相だが、今のガインからはその影はみられず一人の現役戦士そのものだった。



「くっ、おじいちゃん。そんなにあたしを行かせたくないのかよ!」


 レイラは力を込めた一撃を放つが、勢いに任せた一撃はガインによって弾かれてしまった。


「力を入れるのはいいが、感情的になると攻撃の精度が下がるぞ」


 弾いたガインは終始落ち着き、レイラの動きを確認しながら攻撃、防御を使い分けていた。しかし、レイラに大きな隙ができてもそこを突かずに一度距離をとっている。



『これは……もしかしたら』


 アトラの呟きに蒼太は頷く。


「ガインのやりたいことが見えてきたな」


『どこまでも孫馬鹿だのう。まあ、それだけ可愛くて心配なんだろうのう』


 見物している蒼太たち一行はガインの意図が読めており、それを微笑ましく見守っている。


「当のレイラがそれをわかっていないのが問題だが、必死なんだろうな」


 蒼太の指摘の通り、レイラは周りが見えておらずガインはただ自分の邪魔をするだけの存在だと認識していた。



「この、邪魔を、するなああああ!!」


 渾身の力を込めたレイラの一撃は荒さはみられたものの、今までで最も強力なものだった。ともすれば、ゴーレムを破壊した時をゆうに越えるだけの威力を秘めていた。


 ゴーレムが相手でも、キマイラが相手でもこの一撃であれば倒すことができたと思われたが、今戦っている歴戦の勇士にはその一撃は届かなかった。


「威力は強いが、まだ甘い。だが、今の一撃を忘れるなよ?」


 ガインはその一撃を自分の槍で打ち払うと、拳をレイラのみぞおちに打ち込んで意識を失わせる。


「お、じいちゃん……」


 崩れ落ちるレイラを抱えると、ガインはそのまま肩に担ぎディーナのもとへと連れてきた。



「すまんが、回復を頼めるかね?」


「わかりました」


 その言葉を受けディーナはレイラへと回復魔法を使っていく。ほとんどが細かな傷のみで、大きな怪我はみられなかった。


「ありがとう、わしは槍をとってこよう」


 そう言うと、先ほどまで戦っていた場所に自分とレイラの槍を拾いに戻って行った。


「ガイン強かったな……レジナードがいるのかと思ったくらいだ」


 レジナードとの邂逅を果たした蒼太は、改めて見たガインの顔からレジナードの面影を感じ取っていた。


「そうですね、蒼太さんなら負けないでしょうけど、私くらいだとわかりませんね……」


 ディーナは彼我戦力を分析し、そう判断していた。



「う、うーん。あたしは一体……」


 話をしている二人のもとへガインが戻ってきたのとほぼ同時に、レイラが目を覚ました。

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