第208話
ガインの家応接室
ガインは目を閉じ、眉間に皺を寄せ、難しい顔で腕を組んでいる。
「ねえ、お願い! いいでしょ?」
その彼に向かってレイラは床に正座して頭を下げて旅の許可を願い出ている。蒼太たちも同じ室内にいるが、既にレイラの戦い振りや成長度合い、これからの成長の見込みなどは説明済みなため、それ以上の口出しはせずガインの判断を待っていた。
彼女の能力については蒼太たちの言葉を信じていた。しかし、千年近い時間の間この聖地から外界に出た竜人族はほとんどいなかったためその判断に悩んでいた。
族長としての判断の難しさ。それに加えて彼女は無鉄砲でお調子者だが、それでも可愛い孫に変わりない。一人の孫馬鹿じいさんとしても悩んでいる。
「何を悩んでいるのかは予想がつく。今聞いて、今答えを出せってのも酷な話だ。俺たちはとりあえず、一週間程はこの島に滞在しようと思っているから、その間に結論を出してくれ」
「……わかった、申し訳ないがそうさせてもらおう」
ガインはこの場で結論を出すのは難しいと考え、蒼太の案にのることにした。
「なら、俺たちはお暇させてもらおう。宿は……そもそもここに立ち寄るものがいないからないだろうな。どこか近くに場所を借りてテントの中で休ませてもらうか」
蒼太がそう言って腰をあげようとすると、ガインは慌てて引きとめる。
「ま、待ってくれ! さすがにそれは申し訳ない。こちらの都合で滞在期間を延ばしてもらうんじゃから、こちらで宿代わりの家を提供させてくれ」
その申し出に蒼太は逡巡する。ガインはおそらくただのテントを想像しているが、蒼太は聖域のテント以上に快適な家を用意してもらえるのか? と心の中で考えてしまった。
「ん? どうしたね。もちろん無理にとは言わんが、こちらの誠意もくんでくれると嬉しいんだが……」
蒼太の反応が芳しくないため、ガインは言葉を続けた。
「いや……世話になろう。とりあえず、俺とディーナとアトラと古龍の四人が入れる家で、エドが休める厩舎もあると助かる」
「そうか! わかった、急いで用意させよう!」
蒼太が受け入れたと見るや、急いで応接室を飛び出て行った。
「何か……レイラと血が繫がっているというのを信じられるな」
「ですね、思い込んだら一直線というか……似てます」
蒼太の呟きにディーナが同意し、二人の視線はレイラへと向かっていた。
「へ? な、何?」
当の本人には呟きが届いていなかったようで、注目されていることを疑問に思っていた。
「いや、何でもない。ガインはレイラのじいさんだなって話してただけだ」
蒼太の言葉に何を当たり前のことを言っているのかと頭にハテナマークを浮かべていた。
「……ソータ殿、家が用意できました。ついてきてくだされ」
思った以上に早く戻ってきて、更に肩を落とした様子のガインに今度は蒼太たちが疑問を持っていた。しかし、あとをついてくとその謎が解けた。
扉の向こうには柔らかな笑みを浮かべたガインの妻が鍵を持って待機していた。
「あぁ、ありがとう」
このやりとりから蒼太たちは一連の流れを理解していた。おそらくガインが飛び出そうとした時には彼女は既に家の用意をしており、その気勢を削がれたのだろう、と。彼女とガインは歳の差がかなりあり、それもあってか色々と先読みして動くという謎の存在であった。ガインはいつものことであったため、彼女の行動にはいつものことかと疑問を持っていない様子だったが、蒼太たちはその行動の早さに驚きを隠せなかった。
「あ、あの……奥さん一体何者ですか?」
思わず蒼太が尋ねるその口調はなぜか敬語だった。
「私ですか? 私は普通の竜人族の女ですが?」
彼女は蒼太の質問の意図がつかめないと首を傾げた。
「あ、いや。何でもない、です。家を用意してくれてありがとう」
蒼太は彼女の目の奥に底知れぬものを感じたため、敬語が混じった変わった口調になってしまった。
「ふふっ、面白い方ですね。あなた、しっかり案内してくださいね」
笑顔で彼女はそう言うが、言われたガインは背筋を伸ばしていた。年上の彼女にすっかりコントロールされている様子だ。
「……完全に尻に敷かれてるな」
「ソータさんも押されてましたよね……」
「むぐっ」
ディーナの突っ込みに蒼太は変な声が出てしまった。
「ご、ごほっ。と、とにかくその家に案内してもらおう」
蒼太はそれを誤魔化そうと家を出ようとするが、一同はその背中を見てくすくすと笑っていた。
「それで、どこの家なんだ?」
蒼太は外に出てから振り返って、ガインに問いかける。
「あぁ、今案内しよう」
鍵を持つガインが一行の先頭に立ち、道案内をして行く。一向は道中で住民たちの注目の的になっていた。久しぶりの来訪者であり、レイラとディーナの決闘を見ていた者も多く、神殿に向かった噂も既に広まっており、みんな興味津々だった。
しかし、族長のガインが案内しているため声をかけることはできず遠巻きに見ていた。
「さあ、ここになります」
ガインが案内した家はガインの屋敷を少し小さくしたサイズで、それでも急いで用意したにしては立派な建物だった。
「あのー、本当にここをお借りしていいんでしょうか?」
ディーナが思わずガインに質問した。
「もちろん! ずっと使われていなかったが掃除も定期的にしておると言っていたから綺麗なはずじゃ。今開けるから待っとくれ」
妻から渡された鍵でガインが玄関を開けていく。
「おー、確かにこれは綺麗だな」
「いいお家ですね」
中に入ると手入れがしっかりとされており、掃除も行き届いていた。
『ふむふむ、なかなか広くていい家だのう』
古龍は子竜サイズのまま家の中を飛び回っている。
「気に入ってもらえたのならよかったよ。食料などはうちの妻に言ってもらえば用意できるから遠慮なく言いに来てくれ。顔を出してくれたほうがレイラも喜ぶはずじゃ」
なんだかんだで、孫のことを考えているガインであった。
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