第204話



 レイラに続いて蒼太たちも部屋へと飛び込んでいく。全員が部屋へ入ったところで、扉は大きな音をたててバタンと閉じた。


「危なかったな」


 蒼太はいつも通りの表情で、焦った様子もなくそう言った。


「な、なんでそんなに冷静なの。こっちは心臓バクバクだよ」


 レイラは額に汗を浮かべ、胸を押さえていた。



『ソータ殿の予想通りだったな、今頃ゴーレムたちは復活しているだろう』


 気配を感じ取っていたわけではなかったが、その予想は当たっていた。耳を澄ますと扉の向こう側から何やら無機物が動いてる音を聞き取ることができた。


「キマイラさんも復活するんですかね?」


「……おそらくしないんじゃないか? あいつはたまたまここにいた魔物が突然変異でもしたんだと思うが。生物まで罠として用意していたとしたらグレヴィン恐るべしってところだけどな」


 魔物が発生しやすい状態を作ったグレヴィンではあったが、キマイラが出現するのは予想外だったであろう。それが蒼太の見解だった。



「それよりも」


 蒼太は通路の奥から見える光へと視線を向ける。


『あそこにあるみたいだのう』


 竜人族の宝とまで言われる宝珠は自らが光を放っており、蒼太たちのいる場所までその光が届いていた。



 通路を進み部屋の中へ入ると、そこには多くの宝珠が陳列されていた。その大きさは大小様々だったが、宝石の台座にはそれぞれの竜人族の名前が記されていた。


「レジナード……」


 他の者が宝珠を眺めている間に蒼太は仲間だった男の台座を見つけていた。


 宝珠というのは竜人族の生命エネルギーが蓄積されたものであり、元の持ち主ごとに波長の違う力が蓄えられている。蒼太はそれでレジナードの気配に合致するものを探し当てていた。



 蒼太の表情には悲しみとも後悔ともとれる複雑な感情が浮かんでいた。


「あ、ソータさ……」


 一つの台座の前で足を止めている蒼太にレイラが声をかけようとしたが、その肩をディーナに止められたためその声も中断することとなる。


「えっ、なに」


 そう言って振り返りディーナの顔を見ると、彼女もまた悲しそうな表情で首を横に振っていた。


「しばらく声をかけないであげて下さい……昔の仲間の墓標みたいなものですから」


 宝珠は竜人族の死の結果の一つであったが、レイラは直接知っているものがいないためどこか他人事であったが二人の表情を見てその気持ちを改めた。



「ごめんなさい。おじいちゃんのお兄さんもここにいるんだった……その人ソータさんの仲間だったんだよね」


 レイラはそれに気づけなかった自分に肩を落とすが、そんな彼女を見てディーナは優しく微笑んでいた。ディーナと戦う前の彼女であれば他者の気持ちを考えることはなかったため、この変化を好意的に受け止めていた。


「いいんですよ、それに気づくということが大事ですから」


「うん……」


 レイラはいまだ落ち込んでいたが、アトラも古龍も彼女を温かいまなざしで見守っていた。



「これに触れればいいのか」


 気持ちの整理をつけた蒼太はレジナードの宝珠に手を伸ばしていく。指先が触れた瞬間、蒼太は宝珠が放つ光に飲まれていく。ディーナたちは慌てて蒼太のもとへとかけつけたが、そこには光が収まった宝珠と手を伸ばしたそのままの姿勢で立ち尽くしている蒼太の姿があった。


「そ、ソータさん! 大丈夫ですか?」


 ディーナが声をかけたが反応は返ってこなかった。



『やめておけ、宝珠に触れている間は邂逅しているはずだからのう』


 古龍は蒼太がどういった状態にあるかわかっているらしく、声をかけるのを止める。


「大丈夫、なんですか?」


『うむ、大丈夫だのう。しばらくしたら戻ってくるはずだのう』


 古龍の経験による言葉をディーナは信頼し、待つことにする。


「ソータさん……」




「ここは……」


 蒼太は女神に呼ばれた時と同じような何もない静かな空間にいた。


「久しぶりだな。ソータ」


 後ろから声をかけられたため、蒼太は振り向いた。その声はどこか聞き覚えのある声で懐かしさを覚えた。


「れ、レジナード!」


 再召喚されてから、蒼太は一番といっていいほどの動揺を見せていた。目の前には千年前の竜人族の勇者レジナードの姿があったからだ。



「ソータ、元気そうだな。少し背が伸びたか?」


「あ、あぁ。三年は経ったからな……」


 それだけ言うと蒼太は目に涙を浮かべて、次の言葉が出せずにいた。


「どうした、泣くとは成長したように見えたが見た目だけなのか?」


 レジナードは微笑みを浮かべて蒼太の頭を撫でた。レジナードの姿は千年前の当時のままで、蒼太が見上げる程の背丈も変わらないままであった。



「ち、違う。お、俺は魔王も倒したんだ! ここに来るまでだって色々な魔物を何匹も倒してる」


 蒼太は強がりを言うようにレジナードへと報告をしたが、レジナードは変わらずに笑顔で蒼太の頭を撫でている。


「そうか、旅の最後にはかなり強くなっていたが、その頃よりもっと強くなったんだな」


 蒼太は仲間の勇者たちにそれぞれ弟子入りをしており、レジナードは弟子の成長をみれたことを嬉しく思っていた。


「それで、ここに来たということは何かの真実に辿り着いたんだな」


「……あぁ」


 レジナードは手を離し神妙な面持ちになり、蒼太も涙を拭って頷く。



「俺は魔王を倒した次の瞬間に、みんなのことを振り返る間もなく元の世界に送還されてしまったんだ。送還魔法の弊害なのか魔王との戦闘の記憶も虫食い状態のようだった。集めた情報から推測してある程度は補間できたけどな」


「そうか……俺やバルザの命を奪った相手のこともわかっているか?」


 蒼太はその言葉に頷く。


「フランシールの兄貴だろ。だが、一体なぜあいつがあの場所にいてあんなことをしたのかが全くわからない」


「それは俺にもわからん。だがフランシールは言っていた。兄は何でもできて優秀で色々なことを知っていた、しかし心を許せない闇のようなものを持っているように感じる、とな」


 千年前に聖女と呼ばれたフランシールのその言葉は蒼太が聞いたことのないものであった。



「フランシールはリーダーとなったお前には余計な心配をかけないよう俺たちにだけ話していたんだ。本来人族の勇者として旅立つはずであったあいつのことをな、そもそも勇者召喚の儀を行うよう提案したのもあいつだ。今になって考えれば自分自身が旅に出ずにすむようそう仕向けたんだろうな」


 レジナードは目を細めて、怒りを抑えながら蒼太の知らなかった真実を語っていく。


「送還魔法は、フランシールの最後の抵抗だった。あの魔法を使うと全ての魔力を失い廃人のようになってしまう。しかし、俺とバルザをあっさりと殺す相手に疲労しているソータでは敵わないと判断した彼女はその全魔力を賭してお前の命を救ったんだ」


 元の世界に戻されたことを疑問や不満にしか思っていなかった蒼太だったが、フランシールに救われたことを知って思わず天を仰ぐ。

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