第196話



 レイラが逃げ出したことにガインが気づいた時には、既にその姿は見えなかった。


「あいつめ、どこに行きおった!」


 ガインは額に青筋を浮かべて周囲を睨みつけながら辺りを探るが、彼女は気配を消すのが上手くガインには見つけることができなかった。


「安心しろ……アトラ頼む」


 その指示を受けると、返事をする間すらおしいというくらいに素早くレイラを追いかけていった。



「ソータ殿?」


「しばらく待っていろ」


 気配を消しているレイラを、しかも初めて訪れた場所で追いかけるのは無理だと考えたガインは蒼太を見るが、蒼太は静かに腕を組んで目を瞑って待っていた。ガインは続いてディーナを見たが、彼女は笑顔で頷くだけだった。



 待つこと数分、ガインも蒼太たちに合わせて無言でその場に立ち尽くしていた。


「来たか」


 蒼太がすっと目を開くと、レイラの襟元を咥えたアトラがやってきた。


『待たせたか?』


 ガインの前に彼女を降ろすとそう尋ねた。


「いや、思ったより早かったよ。足も速そうだったから追いつくのにもう少しかかるかとな」


『むむ、私がこのような小娘に遅れをとると思われるとは心外だ』


 アトラは眉間に皺を寄せて不満を漏らした。



「もう、びっくりしたじゃないか! せっかくじいちゃんに見つからないように隠れてたのに、急に後ろからぬっと現れたかと思ったらすごい速さでここに連れてこられて、一体なんなのよ!」


「なんなのよ、ではない!!」


 騒ぎ立てるレイラの頭に、ガインの拳骨が振り下ろされた。


「いったーーーい!!」


 その一撃はレイラの脳天から足先まで痛みが突きぬけ、彼女はその場でごろごろと転がりながら悶絶していた。



「強烈だな」


「強烈ですね」


『いい拳だ』


 三人はガインの一撃に感心していた。



「はぁはぁ、す、すまん、見苦しいところを見せたな。とにかくわしの家に向かおう」


 本気でレイラの頭を叩いたことで、ガインは息を乱していたが三人の言葉で正気に戻っていた。


「それはいいんだが、こいつはどうする?」


「そいつは、そのままに放っておいてくれ」


 蒼太は未だ悶絶中のレイラを指差して尋ねたが、ガインの返事は突き放すような容赦のないものだった。



「ま、まあがんばれよ」


「強く生きてください」


 蒼太とディーナはそう声をかけると、ガインのあとをついて行った。



 一行がガインの家に入ると応接室へと案内される。長の家というだけあり、屋敷とも言っていいような大きさだった。


「いい所に住んでるな」


 蒼太は自分の屋敷のことは棚にあげてガインに言う。


「まぁ、一応は族長という職についておるからの。兄と住んでいた家は小さかったから、その頃から考えたら大出世といったところじゃな」


 蒼太の指摘に対してそう言ったがガインは自分には分不相応だと考えていたため、その表情は苦笑であり、どこか冗談じみた言い方だった。



「早速だが本題に入っても構わないか?」


 蒼太が切り出すとガインは当然だと頷く。


「聞きたいことには全て応えるつもりじゃから何でも聞いて構わんぞ。世間で異世界の勇者が悪く言われているのは知っていたが、我々は真実を知っておるからの。ソータ殿が兄たちと共に魔王と戦ってくれたことはわかっておるよ」


 ガインは蒼太へと微笑んでそう言った。



「そうか……それは助かる。じゃあ、遠慮なく聞かせてもらおうか」


 そこまで言うと、蒼太は一度ディーナとアトラを見て頷く。


「俺が聞きたいのは一つ、小人族の勇者グレゴールは竜人族と一緒に何かを調べていたと聞いた。それが一体何だったのかを聞かせて欲しい」 


「そこまで辿り着いていたのじゃな……ソータ殿はやはりソータ殿じゃなぁ」


 これまで隠され続けていた情報を手に入れてここまでやってきた蒼太のことをガインは何度も頷きながら感心していた。



「しかし、わしにはその問いに答えることができん」


 ガインは先程までの表情とは違い、難しい顔になっていた。何でも答えると言っていたガインが掌を返したため、蒼太は不思議そうなものを見る表情になっていた。


「答えないのでも、答えたくないのでもないぞ? そこは勘違いしないでくれ。申し訳ないが、わしは知らんのじゃ」


 その答えには蒼太もディーナも目を丸くして驚いていた。


「し、知らないっていうのはどういうことだ?」


 古龍を連れてまでここに来たというのに、袋小路に入ってしまったことに蒼太は身を乗り出してガインを問い詰める。



「お、落ち着いてくれ。そしてその覇気も納めてくれると助かる」


 ガインの言葉の通り蒼太は自然と覇気を出してしまっており、ガインは気絶することはなかったが後ずさりしたくなりその身を後ろにそらしていた。


「あー、すまん。つい驚いてしまってな」


 蒼太は覇気を沈めていく。


「わしも言い方が悪かった。確かにわしは知らんが、知る術はある」


 落ち着いてソファに座りなおすと、蒼太は聞く姿勢をとる。



「そもそもの話をしよう。わしが族長になったのは先代の族長が死んでからじゃ。それが今から五百年程前になる」


 ガインはぽつぽつと昔話から始めていく。


「そやつは意外と若くての、その後を引き継いだのがわしになるわけじゃ」


「つまり、グレゴールとやりとりをしていたのはそいつってことなのか?」


 蒼太の質問にガインは首を横に振った。



「若いと言ったじゃろ? そやつの前に族長をやっていた者がグレゴール殿とやりとりをしておったんじゃ。わしよりも年齢が大きくてな色々と知識も豊富で、グレゴール殿も信頼しておったようじゃ」


 ガインはその先々代の族長のことを思い出しながら語っており、目を細めていた。


「ということは、その族長じゃないとわからないわけか……さっき知る術があるって言っていたが、その時のことを知っているやつがあんた以外にもいるってことか?」


 今度の質問にもガインは横に首を振る。



「竜人族に伝わる宝珠というものを聞いたことがあるかね?」


 その質問に蒼太とディーナは頷いた。


「それならば話が早い。話を知る族長の宝珠から情報を得ることができれば、知ることができるはずじゃ」


「その宝珠は今どこに?」


 当然の質問をした蒼太だったが、そこでガインは再び難しい顔をする。



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