第194話



「ガイン……って、もっと若かったような」


 蒼太がイメージするガインはもっと若かったため、思わずそんな言葉を口にした。


「それもそのはずじゃな、何せソータ殿と会ってから千年経っておる。族長などという身に余る職についてしまい、気苦労で歳をとるのが早かったというのもあるかもしれんが」


 ガインは自嘲気味に言う。蒼太が以前に会った時も兄であるレジナードに振り回されていて、その頃から気苦労が耐えない様子だったのを思いだした。



「なんか、面影があるな。あの頃から色々と疲れていたように見えたが、それが顔に刻まれた感じだ」


 蒼太が思ったままを口にすると、ガインは頬を搔きながら昔を思い出して笑いを浮かべる。


「ははは、ソータ殿はなかなか言うようになったのじゃな」


「俺も色々とあったからな……ところで、俺たちがここに来たのはあんたから話を聞きたいからなんだが」


 蒼太が本題を持ち出すと、ガインは大きく頷く。



「そうじゃな、話は聞いておる。うちの若い者が失礼をしたようで、後できつく言って聞かせるのでどうか許してやってくれんか」


 ガインが大きく頭を下げて謝罪をしたことに、リーダーの男は動揺してその場でたたらを踏んだ。


「いや、特に害もなかったから気にしないでくれ。それにああいう対応をするってことは、今までにも何かがあったんだろ?」


 珍しい来客だからといってあそこまでの敵対行動をとるのは珍しいと考えていた蒼太は、過去に何かがあったことを予想していた。


「昔もそうじゃったが、ソータ殿は色々と読まれておるのじゃな……そのあたりも含めてお話しせねばならん。ささっ、こちらへどうぞ。そんなに広い家ではないが、私の家に参りましょう」


「わかった、みんなも一緒で構わないな?」


 蒼太が言うと、ガインはディーナたちに微笑む。



「もちろんじゃ、ソータ殿のお供となれば友人同然。それに、古龍様をお迎えするのも当然のことじゃしな」


 ガインはアトラの背の上にいるのが古龍だと見抜いていたため、見抜かれていた古龍はややバツが悪い表情をしていた。


「ほれ、お前ら解散じゃ。ソータ殿たちはわしのお客様じゃ、失礼なことをするでないぞ」


 ガインは片目を大きく開いて、周囲に集まっている一同をひと睨みした。すると、蜘蛛の子を散らすように人々が解散して各自の家に戻って行った。


 広場に残ったのは蒼太たちとガイン、それからリーダーらしき男だけだった。



「お前ももう戻ってよいぞ。ソータ殿は気にしていないとのことだ」


 男が残っていることに気づきガインが声をかけた。声をかけられた本人は困惑している。


「いや、その、す、すいませんでした」


 男はそれだけを搾り出すと、とぼとぼと戻って行った。


『若いのう』


 古龍がそう言ったが、ガインは苦笑いするだけだった。



「ちょっと待ちな!」


 もう誰もいなくなったと思われたが、一人の竜人族の女性が声をかけてきた。


「なんだ?」


「女性の方ですね、竜人族の方も女性はヒューマンタイプの方が多いようですね」


 ディーナはその女性竜人族の見た目について分析していた。竜人族の女性はそのほとんどが、人族に角や尻尾が生えたような人型のタイプが多かった。中には男性同様、竜タイプの見た目の者も少数だがいる。



「そうだよ、あたしは男どものように下品な姿じゃなく洗練された人タイプなのさ」


 彼女は人族よりの見た目で、たわわに揺れる大きな胸を張って自慢げにそう言ったが話が逸れていることに気づく。


「って、そうじゃない! そいつらがじいちゃんの知り合いだっていうのはわかったよ。でもさ、あたしは認めない。いくら昔の知り合いだからってそいつらが今も昔と同じままだなんて限らないだろ? それに昔って千年前の話なんでしょ? そいつどう見ても人族じゃないか。千年も生きているはずがないよ!!」


 彼女は一気にまくし立て、蒼太を指差し納得がいかない様子で怒鳴り声をあげた。



「レイラ……お前もいい年頃の娘なんじゃから、もう少しおしとやかにしたらどうだ。私の客人に対して失礼じゃろう?」


 ガインは怒りを含んだ口調でレイラと呼ばれた彼女を注意する。


「ぐっ、い、いくらじいちゃんが怒ったって引かないんだからね。とにかくあたしはそいつらを認めない!」


 ぷりぷりと怒る彼女を見てガインは困惑し、蒼太たちはどうしたものかと対応を決めかねていた。


「おい、レイラいい加減にしろ! お前が納得しようがしまいが、長の客人だ。無礼は許さないぞ!」


 レイラに声をかけたのは、先ほどとぼとぼと戻っていったはずのリーダーの男だった。彼女が騒いでいたので、それを納めようとして急いで戻ってきたためか額には薄っすらと汗をかいていた。



「うるさいよ! あんたはこいつらが来た時に引いたんだろ? そんな腰抜けはあっちにいってな!」


 レイラは男に回し蹴りを放つと、腹にクリティカルヒットしその勢いそのままに吹き飛ばされそのまま気絶してしまった。


「レイラ、なんということを……あやつは若手の男どもの中では一番の使い手じゃというのに」


 ガインは右手で顔を覆って首を横に振った。


「弱いのが悪いんだよ。そんなことより、そっちのあんたたち! じいちゃんから話を聞きたいなら力を示してからにしな! さっきのを見て怖くなったなら、見逃してやるから帰るといいよ!」


 彼女は得意げに腕を組んで蒼太たちを挑発していた。



「あー、何というか……どうしたらいい?」


 蒼太はガインの顔を見て質問したが、ガインもどうしたものかと眉間に皺を寄せていた。


「いいですよ、私がお相手しましょう。ソータさんが出るまでもありません」


 そう言ったのはディーナだった。その表情には笑顔が張り付いていたが、その下にはふつふつと怒りがこみ上げていた。


「ディーナ、いいのか」


「構いません、あんな失礼な方は久しぶりです。ちょっと懲らしめてきます」


 ディーナは蒼太の言葉に即答し、レイラのもとへと歩を進めて行く。



「んー、あんたがあたしの相手? はぁ、そんな細っこい腕じゃあたしの攻撃を受けただけで折れちゃうよ。あっちの男と替わったほうがいいんじゃない?」


 レイラはため息をついて、ディーナのことを明らかに格下として扱っていた。


「お気遣いありがとうございます。でも、私なら大丈夫です……むしろご自身の心配をされたほうがいいんじゃありませんか?」


 ディーナは相変わらず笑顔のままだったが、言葉はレイラを煽り返していた。


「……あんた、いい度胸だね。いいよ、相手してあげる。かかってきなよ!」


 ここに二人の女の戦いが始まろうとしていた。



「そ、ソータ殿よいのかね? 孫馬鹿と言われるかもしれんが、レイラは結構強いぞ」


「そうだな……まあ大丈夫だろ。とりあえず誰か審判やらないとだろ、あんたがやってくれ」


「い、いや、じゃが……はぁ、まあいざとなったら止めればよかろう」


 蒼太の言葉に抵抗しようかとも考えたが、ガインは諦めて対峙する二人へと向かって行った。



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