第190話
前日の話し合いの通り、三人は南西の谷に向かうため西門からエドと共に馬車で出発していた。
「谷のほうから業者の方が来るって話ですけど、谷の向こうには街でもあるんでしょうか?」
「聞いた話だと、その先に商業都市があるらしい。トゥーラや南の王国、あとはエルフの国にも行くみたいだな」
ディーナの疑問に蒼太が答える。
「じゃあ、重要な通り道なんですね……でも、そこを通って来られるということはその竜は危害を加えたりはしないみたいですね」
理性のない竜であれば、馬車を襲って食料などを強奪する可能性も十分に考えられた。
「俺の知ってるやつと同じだったら、人に危害を加えないのはわかる。そもそも古龍になれば食事の必要はなくなるからな。大きな動きがなければ空気中の魔素だけでも十分なはずだ」
竜種は成長し古龍となることで体内の構造が作りかえられ生きるために必要なエネルギーの取り入れ方が変わるといわれていた。
「あー、それは私も聞いたことあります。そうか、古龍でしたよね……会ってみたいなあ」
ディーナは古龍という存在に対して興味深々の様子だった。
「谷まではしばらくかかるから、風景でも楽しみながら向かうか」
「そこまではどれくらいで着くんですか?」
「そうだなあ、この速度だと……おそらく一週間ってところか」
ディーナの質問に蒼太が現在の速度からおおよその時間を算出した。付与魔法で強化すればその期間を短縮することはできたが、この道は昨日の話の通り商人の行き来が多いため、無理に急ぐことはないと判断していた。
そもそもが蒼太もディーナも旅をするのは好きで、何かイベントが起こらずともこんなまったりとした旅も一興だと考えていた。
「それなら、ゆっくりできますね。エド君にはがんばってもらわないとですけど……」
「ヒヒーン」
ディーナの声が聞こえたのか、任せろと言うような返事をエドが返した。
「うふふ、エド君はとても賢いですね。本当にこっちの言ってることが分かっているみたい」
「俺と最初に出会ったときからそんな雰囲気はあったよ。店主には暴れ馬って言われていたが、自分のことをわかってもらいたかっただけなのかもな……普通だったら人の言うことをここまで理解してるとは思わないだろうから」
そんな蒼太の言葉が聞こえたので、再度エドは嘶いた。
今回もいつものと同様に旅は順調に進んでいく。道中で出くわす魔物たちも商人が撃退できるような低レベルの魔物しかおらず蒼太たちを脅すものはいなかった。
夜は聖域のテントを使い、食事は亜空庫に入れてある料理を取り出して食べるというお決まりのパターンで一週間程進んで行った。
谷の入り口まで辿り着いた一行は、谷を見上げるが変わった様子はみられなかった。
「道が狭い場所もあるから動きやすいように馬車はしまって進もう」
そう言うと素早く馬車を取り外し、亜空庫へと格納していく。
「どのへんにいるんでしょうね?」
ディーナは集中して谷の上のほうまで見渡すが、竜の姿は見えなかった。
「ただ進むだけだと抜けるからな……道を外れて上に向かってみよう」
街道としての道はある程度整備されており、谷向こうとこちら側の行き来をしやすくしていた。蒼太はそこから一つ外れた、本来の通行の用途でこの谷を通るものでは絶対に選ばないであろうルートを選択する。
『気配を感じるわけではないが、そちらの道が怪しいな』
アトラが野生の勘で蒼太の意見を後押しする。
「アトラちゃんが言うなら間違いないですね。そっちに行きましょう」
元々蒼太のことを信頼しており、そこへ滅多に進行ルートに口出しをしないアトラが意見を述べたためディーナは更に確信していた。
「ディーナは何かあった場合にエドの護衛を頼むぞ」
蒼太に言われディーナは大きく頷いた。
先頭を蒼太が、ディーナとアトラは共に最後尾に、中央にエドという陣形で進むことにした。道中は整地されておらず歩きづらさがあったが、一番前を歩く蒼太が土魔法を使って大きなくぼみを埋め、石を弾いていたため後ろの面々は苦もなく進むことができた。
気配察知スキルでは感じられなかったが、上に進むにつれて蒼太とアトラは大きな存在感を感じていた。
『これは……ソータ殿、これがそうなのか』
アトラの表情には動揺の色が浮かんでいた。
「わかるか? 一応戦闘の準備はしておけよ」
「えっ? ソータさん知り合いなんですよね?」
ディーナは驚いて蒼太に尋ねる。
「あぁ、だが油断するなよ。俺が初めて会った時は有無を言わさずブレス撃ってきたからな。俺じゃなかったら、それだけでやられていたかもしれないな」
蒼太は古龍との戦いを思い出しながらディーナへと返事をした。ディーナとアトラは蒼太の話を聞いて、ごくりと唾を飲み緊張感を漂わせていく。その間も蒼太の歩みは止まらず、もうすぐ谷の上に出るというところでやっと足を止めた。
「お前らは少し待ってろよ。俺が先に行って様子を見てくる」
蒼太の表情は真剣そのものだったため、ディーナとアトラは神妙な面持ちで頷く。エドも理解しているので、最後尾に移動していた。
「じゃあ、いくぞ」
そう言うと素早い動きで蒼太は頂上へと飛び出した。そこに予想通り蒼太に向かってブレスが放たれた。
「来たか!」
夜月に魔力を通し、ブレスが接触する瞬間にそれを真っ二つにしていく。その衝撃波はブレスを両断するとそのままの勢いで竜へと向かっていった。
その衝撃を竜は爪で斬り裂いた。その竜は銀色の鱗に覆われており、空高く見上げなければならないほどの身体の大きさは蒼太の知っている古龍と同一であった。
「久しぶりだな」
『かっかっか、以前より腕を上げたようだのう。まさかあっさりとブレスを斬られるとは思わんかったのう』
古龍は豪快に笑って、先程の攻撃について謝罪する様子は見られなかった。
「相変わらずというか、なんというか……それより、仲間を連れてくるがあいつらには攻撃するなよ?」
『うむ、わかっておる。我に用があってきたんだろう?』
だったら、いきなり攻撃をするな。そう言いたかったが、蒼太は言い返さずにディーナたちを迎えに戻った。
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