第191話



 蒼太にブレスが向かっていったのが見えたディーナたちは飛び出したい気持ちと、彼の邪魔をしてしまうのではないかという考えが入り乱れ、その場を動けずにいた。


 そこへ怪我なく蒼太が戻ってきたため、ディーナはほっと胸をなでおろした。


「もう大丈夫だ。あいつがもう攻撃をしてこないよう言ってきたから、みんなも来てくれ」


「そ、そうですか。いえ、あのソータさんは無事、なんですよね。でも、あのブレス」


 ディーナは蒼太の無事に安心はしていたが、それでも思っていた以上に本気の古龍の攻撃に混乱していた。


「ディーナ落ち着け、あれはあいつの俺に対する挨拶みたいなものだったらしい、真っ二つにしてやったから大丈夫だ……とりあえず深呼吸をしてみろ」


 蒼太は彼女の肩に手をおいて目を見て話し、落ち着かせようとした。



「は、はい。すーはーすーはー」


 ディーナは言われるままに、ゆっくりと深呼吸を二度ほどする。


「落ち着いたか?」


 蒼太の体温が肩に置かれた手から伝わり、それもディーナの気持ちを落ち着かせていた。


「はい、大丈夫です」


「よし、行くぞ」


 ディーナの表情の変化を確認した蒼太は、エドとアトラにも視線を向け声をかけた。



『おぉ、やっときたかのう。どれどれ、お主の仲間は……ふむふむ、悪くないな』


 古龍はやってきた一行を値踏みするように順番に眺めて行く。


「あんまりジロジロと見るのは感心しないぞ」


『かっかっか、良いではないかのう。そちらのエルフのお嬢さんはなかなか強い魔力を持っておる。精霊にも好かれやすいようだのう』


 ディーナは古龍が自分に向かって話し始めたので、ビクッと反応したがその目に敵意がないことを感じ取り肩の力を抜いた。


「あ、ありがとうございます」


 古龍は次にアトラとエドを見る。


『ふむ、そっちの狼……エンペラーウルフか、なかなか経験を積んでいるようだのう。自分の実力をわきまえていて、それでいながらいざとなれば、その身を呈することを厭わない覚悟も感じられる』



 アトラは古龍を前にしても、怯むことなくその視線を受け止めていた。古龍はそれを見てにやりとする。


『最後にそっちの馬だが……お主ただの馬か? なんだかわからんが、強さを感じるのう』


 エドも動揺や怯むことなく、むしろとても落ち着いているくらいでのんびりとあくびをしていた。


「こちらの戦力分析はその辺でやめておいてもらおうか。それより、本題に入りたい」


『おうおう、そうだったのう。我に何か用があるのだったかのう?』


 古龍は蒼太の話を思い出して、話を聞く態勢になる。



「実はな、あんただったら知っているんじゃないかと思って相談に来たんだが……竜人族の居場所に案内してもらいたい」


 蒼太の言葉に古龍は目を細めたが、その口元は笑っていた。


『ほほう、竜人族の居場所と来たかのう。何故その居場所を求める?』


 未だ口元には笑みを浮かべていたが、言葉の持つ圧力は増しており、蒼太以外の面々は表情をこわばらせていた。


「おい、圧力を抑えろ。別に竜人族に何かしようというわけじゃない……ただ話を聞きたいだけだ、俺の昔の仲間と調べていたことの話をな」


 蒼太の言葉に古龍は圧力を抑えて、口元の笑みも興味深いといった友好的なものへと変化していた。



『お主の昔の仲間の話とはのう。お主、どうみてもそんな長生きには見えんがのう。そちらのエルフのお嬢さんもそこまで年齢が大きいようには見えんしの』


 竜人族が世界から姿を消したのは数百年の昔だったため古龍はいぶかしんだ。


 加えてエルフは年齢を重ねても見た目を若いままに維持することができるが、古龍はそれを踏まえた上でもディーナは若いと判断していた。


「色々と分かるんだな……俺の昔の仲間というのは小人族のグレゴールマーヴィン、竜人族のレジナード、千年前に魔王と戦った勇者だ」



『お主……何者だ? いや、そうか、確か異世界の勇者が』


 古龍は膨大な知識の中から、千年前の勇者の戦いについての話を思い出していく。


「あんた、察しが良すぎだろ。予想通り俺は送還された異世界の勇者で名前はソータ、こっちのエルフのディーナはエルフ族の勇者の妹になる。それからエンペラーウルフのアトラが小人族の勇者が生前契約していた獣魔だ」


 蒼太の言葉に驚きつつも古龍は、頷き納得していく。



『なるほどな……そういうことなら色々と合点が行くのう。その上、お主の強さも納得できるというものだのう。そちらのお嬢さんはおそらく封印されたというお姫様なんだろうのう』


「知っていたのですか!?」


 ディーナは自分のことを古龍が知っていたことに驚きを隠せなかった。


『うむ、そのあたりは竜人族から話を聞いたことがある。特に竜人族が姿を隠すきっかけとなった千年前の勇者たちとその関係者についてはな。さすがにそっちのアトラだったか? の話は聞いたことはなかったがのう』


「ということは」


 蒼太の言葉に古龍は頷く。



『確かに我は竜人族の居場所を知っている。今でも交流はあるからのう……そこにお主たちを案内していいものかどうか……』


 古龍はここに来て初めて困った顔を見せた。


「何が問題だ?」


『問題といえば全てが問題だのう、そもそも竜人族の居場所に行ったことがあるのは竜種以外だと、さっき名前が出た小人族の勇者だけだからの。あやつは何かと交流があったみたいだが、そもそも竜人族がその姿を隠したのがやつの提言によるものだったからのう』


 古龍は昔を懐かしみながらも、その表情は曇ったままだった。



「じゃあ、竜人族の偉いやつに俺らが行ってもいいか聞いてもらえないか? それか、あんたは俺たちをそこの近くに下ろしてくれればいい。あとは俺たちが勝手に行ったことにしてくれ」 


 蒼太の案にも古龍は良い顔はしなかった。


『連れて行ってやりたい気持ちはある。お主たちはなかなか面白い存在だからのう。だが、許可は恐らく降りないし勝手に行ってはおぬしらの本来の目的は達成できないだろうからのう』


 しばし、空間を沈黙が支配した。



『うーむ、わかった。小人族の勇者には色々と世話になったからのう。お主たちを案内しよう、そして我のほうから竜人族へ紹介をしよう』


「それは願ったり叶ったりだが……いいのか? あんたには何のメリットもないように思えるが」


 蒼太は古龍がなぜここまで自分たちに肩入れしてくるのか判断に悩んでいた。


『うむ、構わん。それにメリットはあるからのう……お主たち、何かをなそうとしているんだろう? それを見るのが面白いからのう。長い年月生きていると、そういう変化くらいしか面白いことがないからのう』


「そうか……だったら頼もう」


 蒼太は微妙に納得がいかなかったが、それでも古龍から悪意を感じないためその案に乗ることにした。



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