第188話
蒼太に朝食を褒められたディーナは機嫌よく一人で図書館へと来ていた。
「ガイさん、レナさんこんにちは」
受付にいたのはいつもの二人の司書であったため、ディーナは少し安心しながら挨拶をした。
「あ、ディーナさん、お久しぶりです。今日はお一人ですか?」
ガイがディーナに応対する。レナは何か本を読んでいる最中のようだった。
「はい、お久しぶりです。まずは……料金をお支払いしますね」
ディーナはバッグから金貨を取り出してガイに手渡す。
「はい、お預かりしますね。本日はどういったご用件でしょうか?」
ガイは受け取った金貨を小さな金庫へと仕舞い、ディーナへと今日の利用理由を尋ねた。
「えーっと、今日は竜人族について少しでも情報を集められればと思いまして……」
「竜人族ですね! 少々お待ち下さい!」
そう言ったのはガイではなく、さっきまで本を読んでいたレナのほうだった。レナがメモを始めたので、負けじとガイも蔵書一覧を確認していく。
ディーナはそんな二人を微笑ましく見守りながら待っていた。他の職員もいつものが始まったと二人の様子を遠くから見守っていた。
「はい! こちらをどうぞ!」
先に一覧を渡してきたのは今回もレナだった。
「ぐっ、こっちはまだだというのに……」
ガイは顔を歪めながら、確認とピックアップを続けて行く。
「ありがとうございます。えっと……」
ディーナはレナの用紙を受け取ったあともその場から動かずにいる。その視線は、未だ一覧を見ているガイを捉えていた。
「あー、彼のことは気にしないで行って下さい。終わったら届けさせますので」
「あぁ、どうぞ。私も参考となる本を挙げられたら持って行きます」
レナの言葉にガイは苦々しい顔で頷いたあと、ディーナに対しては冷静を装いそう告げた。
「えっと、ごめんなさい。お言葉に甘えて行きますね」
ディーナはやや後ろ髪を引かれる思いがありつつも、レナにもらったメモをもとに参考図書を探して行く。レナのメモは分かりやすく、棚番号から蔵書ナンバーまでが記載されており、すぐに挙げられた本が揃ったので、空いているテーブルへと運んでいく。
「さて、始めますか」
ディーナは指を何度かぐーぱーして準備体操をしてから読み始めていく。
途中一覧を用意できたガイがディーナに声をかけようとしたが、集中している様子に声をかけるのが躊躇われたので、本自体を用意し黙って本とメモを一緒に置くことにした。ディーナがそれに気づくのは数時間の後のことであった。
途中前回も行った喫茶店に昼休憩に行き、それから戻ると午後も彼女は調べ物を再開していく。
★
一方の蒼太は買い物をしながら情報集めをしていく。集める情報の中心は、死の山にいた竜の話だった。目撃情報やあれから死の山に向かった者の噂などを集めていく。
「あー、最近はあの山も落ち着いたみたいだね。竜の話もとんと聞かなくなったけど」
数件目の食材屋でそんな話を耳にした。
「どういうことだ? あの山は魔素が濃くて出てくる魔物も凶暴だったはずだが、それにそもそも入山規制がかかっていたんじゃないのか? あ、その果物を樽で買わせてもらおう」
蒼太は質問に答えてもらう代価として食材を購入していく。
「お兄さん気前がいいねえ。いいよ、あたしが知ってることを全部話してあげるよ」
そこまで言うと、一度咳払いをして店員の女性は話を進めていく。
「ごほん、確かにあの山は入山規制がかかっていたんだが、少し前だったかね。南の王国から四人の勇者様がやってきて、領主の許可を得て山の魔素だったかい? それを払いにいったんだよ」
蒼太はこれまで忘れていた存在が店員の口から出てきたことに驚いた。
「そ、その四人の名前は?」
内心の動揺を隠しながら質問するが、思わずどもってしまった。
「うーん、なんだったかねえ。あたしも遠くから見ただけだからねえ……歳はあんたと同じくらいだったよ。男の勇者様と三人の女の子の勇者様だったことくらいしか覚えてないわ」
それだけで蒼太には十分だった。
「ありがとう、支払いはこれで足りるか?」
蒼太は樽の果物についていた値札から予想して支払いをする。
「えっと……そうだね。これで十分足りるよ、お釣りがでるくらいだけど」
「いや、釣りはいらない。話の駄賃にとっておいてくれ」
蒼太の言葉に女性は笑みを浮かべた。
「いやあ、お兄さんいいねえ。で、竜の話はもういいのかい? 山ではみかけなくなったと聞いたけど、別の場所で目撃情報があったはずだよ?」
勇者たちの話に気を取られ竜のことを忘れていた蒼太だったが、店員に言われ思い出す。
「そんなのがあるのか……聞かせてくれ。むしろそっちが主題だった」
店員は大きく頷く。
「いいよ。そもそも死の山に勇者が行く前から竜の目撃の話は聞かなくなっていたんだよ、どこかに移動したんだろうね。だから、討伐されたってことはないはずさ。それで、別の目撃情報なんだけど……確か南西の谷で見たという話を聞いたよ。うちに納品してる業者から聞いたんだけどね、そっちから来る業者が軒並み目撃してるって話だから、多分本当のことだと思うよ」
「そうか……時期的にはどうなんだ? そっちの目撃情報が昔からあるのなら、その竜とは一致しないだろ?」
蒼太の疑問に店員はしばらく思案にふける。
「そう言われればそうだねえ……うーん」
「おいおい、その歳でもう物忘れか?」
店員の後ろから男性の店員が出てきて、女性をからかう。
「あんた……聞いていたんだったら早く教えなさいよ! どうせいつ頃の話か知ってるんでしょ」
女性店員は不服そうな顔をして男性店員の背中をバチンと叩いて蒼太の前に立たせる。
「おー、いてえ! あんちゃんもこういう女には気をつけろ。嫁にもらったが最後、一生尻に敷かれっぱなしになるぞ」
男性店員は後半は蒼太にだけ聞こえるように声をひそめたが、女性店員にも聞こえていたようでジロリときつく睨んでいた。
「こわっ! まあいいや、それで竜の話だったよな。悪いな、途中から聞こえててさ。盗み聞きするつもりはなかったんだが」
頭をかきながら彼は蒼太に謝罪をする。
「あぁ、それは構わない。こんな場所で立ち話をしてれば回りに聞こえても不思議じゃないさ。それで、時期の話だが……」
「そうだったな。確か南西の谷での目撃情報は丁度死の山での目撃情報を聞かなくなってからだったと思うぞ。朝に客から竜を見なくなったって話を聞いて、夕方に業者から谷の話を聞いたのを覚えているから間違いはないはずだ」
蒼太は更に金を取り出すと男店員に握らせた。
「おいおい、あんちゃん、俺はそんなつもりじゃ」
男店員はやや憤慨した様子だったが、蒼太は近くの樽から先程とは別の果物を二つ手に取る。
「これの料金と、叩かれてまで話してくれたあんたへの敬意と思ってくれ。そっちの果物はもらってくぞ。よいしょっと」
蒼太は樽の中身をマジックバッグに移していく。
「それじゃ、色々とありがとうな。おい、アトラいくぞ」
蒼太は手に持った果物の一つを自分でかじり、もう一つをアトラへと投げて渡し店を後にした。
「何というか……若いのに色々と豪快なあんちゃんだったな……」
「そうだねえ……結構いい男だったかも」
「なんだと!」
そうして夫婦喧嘩が始まったが、その結末は二人のみが知る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます