第186話



「楽しみですね」


「あぁ、ゴルドンとはまた違った味わいがあるからな」


 二人は席につきわくわくしながら、出来上がる料理を待っていた。


『ソータ殿とディーナ殿がそれだけ楽しみにするということは、期待できそうだな』


 アトラは二人の表情から食事に対する期待を察して、楽しみにしながらテーブルの横に座り込んだ。



 しばらく待っているとシルバンが料理を運んでくる。ゾフィも調理中のためシルバン自ら持ってきたようだ。


「ほい、お待ち。まずはスープからだ、そっちのやつにもスープだ、そっちは少し冷ましてあるから狼でも飲めるだろ」


 蒼太とディーナには熱々のスープを、アトラには温度を変えたものを提供するという心配りができていることに三人は表情を崩した。


「うん、美味い」


 蒼太はスープを一口飲むと自然とその言葉が出てきた。


「美味しい……」


 ディーナも同様だった。


『これは!』


 アトラはそれ以上は口にせず、スープを飲み干すことで感想の代わりとした。



 蒼太たちがスープに舌鼓を打っていると、今度はゾフィが運んでくる。


「私のほうは仕込が終わったので、食後にデザートで持ってきますね。まずはあの人の料理からお楽しみ下さい」


 その料理を皮切りに次々と料理が運ばれてくるが、そのどれもが三人の舌を満足させるもので次第に口数が減り、ついには無言のまま食事をしていた。出された全ての料理を食べ終わったところで、ゾフィが最後の一品を運んでくる。


「それでは、最後にデザートですね」


 ゾフィの持ってきたデザートは見た目も鮮やかで、食べるのがもったいない程であったが、一体どんな味なのか? その誘惑に勝てず、三人はついにはデザートへと手をつけていく。



『「「!?」」』


 三人は一口食べて言葉を失った。口にいれた瞬間滑らかな口当たりですぐに溶けて消えていった。それに気づいた三人はすぐに次のひとすくいを口に含む。その後はその繰り返しであっという間に食べ終えてしまった。


「美味かった……」


「満足です……」


 二人は椅子に身体を預け食後の満足感に浸っていた。アトラが空になった皿を舐めている様子は子犬のようで愛らしく、ディーナは満腹でなければ今すぐに抱きついていたくらいだった。



「これは、何と言うか……すごいな」


 蒼太の語彙力はどこかにいってしまったようだった。


「ふふっ、褒め言葉として受け取りますね。みんな満足してくれたみたいでよかった」


 三人の反応を見たゾフィは満面の笑みでそう言った。


「そいつはゾフィの新作でな。自信作らしいから、喜んでもらえてよかったよ」


 後ろからシルバンが声をかけるがその後頭部を、顔を真っ赤にしながら慌てたゾフィにお盆で叩かれた。


「そういうこと言うのがデリカシーがないのよ!!」


 ゾフィはそう言い放つと足早に厨房へと戻って行ってしまった。



「あいたたた、思いっきり殴りやがって。いいじゃねーか……本当のことなんだし、美味かったってことなんだしさあ」


 シルバンは叩かれた頭をさすりながらぼやくが、ディーナは目を細めじーっと睨んでいた。


「な、なんだよ。俺が悪いっていうのか?」


 その視線に気づきシルバンが聞くが、ディーナは更に視線を鋭くする。


「それに気づいてないのがもうダメなんですよ。全く……何も言わずに見守っていればよかったのに」


 ゾフィの気持ちを理解していないシルバンに対して、ディーナが追い討ちをかけた。



「ぐ、むむむ」


 シルバンは唸りながら助けを求めて蒼太を見たが、彼は我関せずを貫いていた。


「さて、美味いメシが食えたことだし俺たちは行こうか」


「そうですね」


『うむ』


 三人は唸るシルバンを置いていつもの金額をテーブルに置いて入り口へと向かう。



「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 シルバンが追いすがるが、蒼太たちはそれを振り切って外へと出て行った。


「ありがとうございました。また来て下さいね」


 外に出ると、裏口から正面に回ったゾフィが待っていた。


「ははっ、予想されてたみたいだな。美味かったよ、俺たちは今日、明日中にはまた発つことになるからその前に食えてよかったよ」


「えっ、もうですか? うーん、ならちょっと用意してあげたいかも……また夜にでも来て下さい」


 ゾフィはそれだけ伝えると、いそいそと店の中に入って行った。



「言い逃げされたな……買い物してまた夜になったら来ればいいか」


 今日発つ可能性も伝えたが、夜にここへ来ることになってしまったので一つ選択肢を潰された彼らはゆっくりとこの街で過ごすことにした。


「ですね、ゆっくりとぶらぶらしましょ。アトラちゃんは今のこの街に来るのは初めてですよね?」


『あぁ、ここの街の雰囲気は活気があっていいな。人々の生活を見るだけでも悪くない』


 アトラとディーナも賛同したので、一行はショッピングに向かって行った。



 一行は相変わらずの大人買いで、たくさんの食料や本などを買い込んでいき商店街ではちょっとした有名人になっていた。その購入量を見ていた各店の店員のほうから声をかけてくることも珍しくなかった。


 しかし、蒼太とディーナの目は厳しく、まがい物や粗悪品を売りつけようとしたものは片っ端から蒼太の軽度の威圧によって排除されていた。反対に良心的な値段の品物を勧めてくる者からは、必要とあればどんどん買っていった。



 買い物だけでは時間がつぶれなかったため、一度宿で休み夜になったところで再度レストランを訪問する。


「あら、いらっしゃい」


「おう、来たな」


 店に入るとゾフィ、シルバンの両名が一行を迎える。テーブルの上には既に多くの料理が並べられていた。


「すぐに旅立つんだろ? 今回も料理を用意しておいたから持っていってくれ」


「デザートも冷やしてあるから、持っていってね」


 ゾフィがそれを取りに厨房へと戻って行く。



「いつも悪いな、遠慮なく貰っていかせてもらうよ。料金はいくらになる?」


 蒼太が金を取り出そうとするが、シルバンはその動きを止める。


「金はいらない。この前もらった食材で今回の分を渡してもお釣りがくるくらいだ。もらいっぱなしは性に合わないもんでな」


 シルバンは腕を組んで厳しい顔で言った。


「そうか……ならありがたく貰おう」


「ありがとうございます」


 蒼太とディーナは礼を言い、料理を鞄の中へと収納していった。ゾフィの作ったデザートも形を崩さないように慎重に収納されていった。

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