第183話



 宴は夜遅くまで続いた。次々に食事が運ばれ酒の追加もされていく。集落中の食料・酒が出しつくされたのではないかというくらいの盛況だった。宴に参加した者の多くは酔いつぶれるか、睡魔に負けて外でそのまま眠ってしまっていた。


 子供たちは早い段階で母親にベッドに連れて行かれ就寝していたため、大人の醜態を見ずに済んでいた。


 村全体が寝静まり、聞こえる音と言えば虫や鳥の鳴き声、そして心地よい風の音だけだった。




集落から離れた森の中



 息をひそめた大量の魔物が集落へと侵攻していた。


「今度こそ、あの集落を滅ぼしてやるぞ。ヒヒヒッ」


 昼間集落に攻め込んで逃げ帰ったと思われたフードの男は再度魔物を引き連れて集落へと迫っていた。一度襲われて撃退したことで集落は気が抜けているだろうと予想していた、そこへ夜襲をかければ成功する。そんな戦略のもと静かに、しかし笑いながら集落を目指している。



「ん? なんだ?」


 フードの男は何かがおかしいことに気づき、顔からは笑顔が剥がれ周囲を確認する。


「お前ら、止まれ!」


 男の声は一瞬で集団全員に広がっていき、ほとんどの魔物がその場で足を止めた。足音が消え、男が耳を澄ますと徐々に異変が近づいて来ていることを感じていた。彼に耳に魔物の悲鳴が届いており、それが徐々に大きくなって近づいていた。


「ま、まさか!?」



「そのまさかだよ」


 男の言葉に返事が返ってくる。返事の主の手には三日月のような剣が握られており、男の視界にいる魔物たちを次々に斬り払っていく。


「お、お前は、なんでこんなとこにいるんだよ!!」


 今頃集落で寝静まっているはずの蒼太が自分の目の前に姿を現したことに、驚き思わず叫んでしまう。


「何でって、お前の行動を予想したからに決まってるだろ?」


 何をおかしなことを聞いているんだと首を傾げながらも蒼太は近場の魔物を斬り伏せて、その死体を亜空庫に格納していく。



「おい、何で夜襲が来るってわかったんだよ!」


 フードの男は顔を真っ赤にして蒼太を問い詰めるが、その間も蒼太の攻撃は止まらずに魔物たちは倒されていく。


「答えろよ! おい、無視するな!!」


 蒼太が無言で戦闘をしていることに苛立ち、男は顔を歪め怒鳴り声をあげた。



「何だ? こっちは戦闘中だから、あとにしてくれると助かるんだが」


 片手間に返した返事に男のイライラは頂点に達する。


「くそくそくそ! おい、お前ら何やってるんだ! 早くこの男を始末しろ!!」


 暗闇での急襲に魔物たちはなすすべなくやられており、男の声によって動いた魔物たちもあっという間に倒されていった。別の場所ではディーナとアトラが戦闘を繰り広げており、そちらでも一方的な殲滅戦が行われていた。


 蒼太と違い、同じ場所での戦闘では足場を確保できないためアトラは移動しながら次々に倒していき、ディーナは昼間と同様遠距離からの射撃によって魔物を倒していく。



 三人とも目に夜目の付与魔法をかけてあるため、魔物たちの姿をしっかりと確認して攻撃している。しかし、魔物たちは灯りのある集落を襲うことしか想定しておらず、暗闇の中では何の抵抗もできずに倒れていった。


 蒼太は内側から崩していき、ディーナとアトラが外から敵を討ち徐々に魔物の集団はその規模を小さくしていく。


 男が魔物たちを怒鳴りつけ、喉が完全にガラガラになる頃には残った魔物は男の周囲にいる数体だけとなっていた。



「な、何でこんなことに……」


 男から余裕は消え、呆然と立ち尽くしている。


「何でって、お前……昼間攻めてダメだったら夜来る可能性は予想できることだろ。集落を滅ぼすことを目的にしていたのに、お前はあっさりと逃げていったからな、余計に怪しく見えたよ」


 蒼太の言葉に、男は歯軋りをして悔しそうな表情で蒼太のことを睨みつける。



「おいおい、自分の策が読まれたのはわかりやすすぎるからだろ? 俺を睨むより、自分の駄策を反省したほうがいいんじゃないか?」


 蒼太の言葉は火に油をそそぎ、男から冷静な判断を奪っていく。


「うるっさあいいいいいいい!!」


 男は腰の剣を抜き、蒼太へと斬りかかっていく。男は剣の心得はあったが、本来の戦闘スタイルとはことなっていたためあっさりと蒼太に避けられる。そこに蒼太の夜月による一太刀が迫り、男は肩から胸へと一撃をくらってしまう。


「ぎゃあああああああ」


 男はこれまで魔物たちを操り戦ってきたため、前線に出ることはほとんどなく傷を負うこともほとんどなかった。蒼太の一撃は男に痛みを思い出させ、それに耐えられず男はその場でのたうちまわっていた。



「おいおい、確かに斬ったがお前が身体を捻ったからそんなに深い攻撃じゃなかっただろ?」


 蒼太の指摘通り、皮一枚とまでは言わないが傷はさほど深くはなかった。


「う、うるさい! くそ、僕に怪我をさせるなんて……絶対に許さないからな!」


 男は蒼太を恨みのこもった目で睨んでいる。その目からは狂気すら感じられた。


「だったら、ここで消えてもらうまでだ」


 蒼太が未だ立ち上がっていない男へと夜月を振り下ろした。



「悪いが、そこまでだ」


 蒼太の一撃は、軍人然とした鎧の男によって防がれる。


「お、お前は!?」


 フードの男は鎧の男の出現に驚くが、次の瞬間には腹に拳による一撃をくらい気絶してしまう。


「うちの者が迷惑をかけたな、こいつは連れて帰らせてもらおう。魔物たちを引き上げさせる代わりにそちらも引いてもらいたい」


 フードの男を肩にかついで、その案を提示する。



「引き上げさせる魔物はもう残っていませんよ」


 ディーナが鎧の男へと弓を構えていた。


『うむ、残るはお前たちだけのようだ』


 アトラも戦闘体勢を崩さずに男たちを睨みつける。


「だ、そうだが。さて、こちらにはお前たちを見逃すメリットはなさそうだが……どうする?」


 蒼太も夜月へと手をかける。



「困ったものだ、私はこの男を回収しに来ただけなんだがな。仕方ない……来い!」


 鎧の男が手をあげると、蒼太たちへと攻撃が放たれる。


「くっ!」


「きゃっ」


『なんだと!?』


 それぞれが声をあげながらもその攻撃をかわしたが、再び鎧の男へと目を向けるとそこには既に男の姿はなかった。



「超長距離の攻撃か……」


 蒼太たちを襲ったのは、魔力のこめられた矢であった。矢を確認するとすぐに攻撃が来た方向の気配を探ろうとしたが、射程外であったらしく全く気配を感じることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る