第179話



「しょ、正直なところを言えば、恩人に対して失礼かもしれませんが疑いの気持ちもありますじゃ……じゃが、アトラ様の存在やお二人の力を見れば信じるに足るものだと思いますじゃて。何でも質問して下され、わしが知る限りであればお答えしましょう」


 ザムズは今度こそ腹は決まったと、決意のこめられた表情で三人を見返した。


「なら、聞かせてもらおう。グレゴールマーヴィンは何か口伝でも本でも何でもいいんだが何か言い伝えを残してないか? 千年前の戦いのことで」


 蒼太の言葉にザムズは自らの髭を触りながら目を瞑り、しばし考え込む。蒼太たちも決して急かすことはせずザムズの答えを待っていた。



「……あります、しかしそれを知ってどうされるおつもりですか?」


 しばしの沈黙の後ザムズはそう返す。何でも答えると言った前言を撤回するつもりは毛頭なかったが、それでもそう聞かずにはいられなかった。この話こそが、小人族が集落を分けた理由であり長年狙われ続けている理由でもあったからだった。


「どうする、と言われてもな。自分自身のことだ、知る権利くらいはあると思うが?」


「そう、でしたな。すいませんじゃ、小人族の中でも一部の人間にしか知らされていない重大な秘密でしての。どうしても慎重になってしまいますじゃ」


 ザムズは蒼太が千年前の勇者であるということを言葉では納得したと言ったが、心のどこかでは信じきれていなかったため、そのことを失念して質問した自分自身に後悔する。



「いや、あなた方が何者であれ答えると約束したからにはお話しましょうじゃ。先に一つ話しておきたいことがあります。わしの年齢ですが、現在二百歳を越えたところですじゃ」


「二百!?」


「そんな! 小人族の方ですよね?」


 その言葉に蒼太とディーナは驚いたが、それも当然のことであった。小人族といえば他の種族に比べて寿命が短いということは一般的に知られた知識である。所謂常識だった。


「その通りですじゃ。じゃが、これはわしに限ったことではないのですじゃ。我々マーヴィンの直系の者は代々長命なんですじゃ。あなたがたの知るグレゴールも数百年生きたと聞いております」


 蒼太は反射的にアトラを見た。



『うむ、私の記憶ではグレゴールマーヴィンは出会ってから二百年は生きていたはずだ』 


 蒼太たちと旅をしていた時点で、かなりの年齢だったことを考えるとそれこそ三百歳近くまで生きていたと予想できた。


「一体どういうことなんだ?」


「もちろんお答えしますじゃ。祖グレゴールマーヴィンは、様々な伝承を残すために長命のための魔道具を生み出したのですじゃ。そしてそれを代々ここに埋め込んでおります」


 ザムズはおもむろに上着を捲り上げ心臓を指差した。そこには手術の後があり、魔道具が埋め込まれているためややいびつに膨らんでいた。



「これは一つしかありませんので、一子相伝というやつですじゃ。これの存在も我々小人族が狙われる理由の一つと言われてますのう。しかし、私の代でこれのことや伝承の内容を一族以外の者に話すことになるとは思いませんでしたじゃ」


 ザムズはどこか遠くを見つめるような表情となる。


「おぉ、すいません。またもや話が逸れてしまいましたな、祖グレゴールからの話をお伝えしましょう……まずは千年前の魔王との戦いの話ですな」


 蒼太は「まずは」という部分にややひっかかりを覚えたが、話の腰を折らずに続きを待った。



「千年前の戦いの際、グレゴールは魔族の幹部と戦ったと聞いております。そして刺し違える覚悟で戦いましたが、身に着けていた魔道具のお陰で何とか命は取り留めたそうですじゃ。しばし休憩した後、魔王の間へと向かうとまさに魔王に止めを刺す瞬間だったそうですじゃ」


 これまで集めた情報から推測される通りの内容であったため、蒼太とディーナは無言で頷き続きを促す。


「すぐに声をかけようとしたのですが、そこには予想もしていない人物の姿があったそうですじゃ。それが人族の王子であり、聖女と呼ばれた王女フランシールの兄であるデルバートだったそうですじゃ」


 これもわかっていたことであったが、改めて聞くことで蒼太はどこか身震いするものがあった。



「そして、デルバートは弱ったエルフ・獣人・竜人の勇者の命を奪い、妹のフランシールを操り異世界の勇者を送還したとのことですじゃ。確かその勇者の名前がソータ……!? も、もしやあなたは異世界の勇者ソータ殿ですかの!」


 ザムズは自分の話の中から蒼太の正体に辿り着き、ここに至って驚きをみせた。


「あぁ、そうだ。それよりも続きを頼む」


 蒼太があっさり肯定したことに驚くが、途中であったことを思い出し一つ咳払いをしてから話へと戻る。


「おっほん、各勇者が殺されるか送還された後、送還魔法を使って魔力のほとんど失い気絶する寸前だった聖女は兄の手によってその命を奪われたそうですじゃ。王子の顔を見たグレゴールは、その狂気に満ちた顔に震えが止まらなかったそうですじゃ」


 ザムズはまるで自分自身が見たかのように、自身も震えていた。



「グレゴールは密かに勇者たちの墓を作り埋葬すると、この真実を伝えるために様々な書物を残していきました。小人族にはもちろんですが、獣人・ドワーフ・人・エルフの国にも立ち寄り本を残していったそうです。エルフの国に立ち寄った際には、エルフの勇者の妹が封印されたのを見て心を痛めたそうです……その、もしかしてあなたが勇者の妹君ですかの?」


 蒼太の正体に続き、ディーナの正体にも辿り着いたザムズは確認する。ディーナは、その通りだと深く頷いた。


「それではお二人は本当に……いえ、何でもありませんじゃ。それよりも続きですな」


 ザムズは疑いの言葉をかける自分を恥じ、話へと戻った。



「世の中に広まっている伝承では、異世界の勇者が操られ他の勇者の命を奪ったことになっておりますが、グレゴールはその真実を知る唯一の生き残りですじゃ、ゆえに小人族は狙われることとなりましたのじゃ」


 蒼太はその言葉に疑問を持つ。


「当時ならまだしも、今は誰に狙われているんだ?」


 人族の情勢は変わっており、過去にあった国が滅び、新たな国が生まれと歴史に大きな変化が生まれている。その上で継続的に小人族を狙う者に心当たりが蒼太にはなかった。



「うむ、それはですな……」

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