第178話



 蒼太は周囲の気配を探り、魔物の気配がないことを確認すると夜月を鞘に納め、服の汚れを魔法でとっていく。


「とりあえずは片付いたか。集落に戻って脅威は去ったと伝えるか……もう逃げたあとかもしれないがな」


 蒼太がそう呟いていると、ディーナとアトラが彼のもとへとやってくる。


「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」


 武装を解いたディーナが労いの声をかけてきた。



「二人もよく姿を出さずにいてくれたな。あの男に対していい隠し玉になったよ」


 蒼太が二人のことを褒めるが、ディーナは困ったように苦笑いをする。


「あー、あれはアトラちゃんが止めてくれたんですよ。私は飛び出そうとしちゃいまして……」


 彼女は褒められた内容が自分の判断ではないことにやや気まずさを感じていた。


『いや、ディーナ殿は私の考えをすぐに察してくれた。その判断力があったからこそだ』


 そんなディーナをアトラがフォローした、ようにみえたがアトラは思ったことを言っただけだった。



「なんにせよ大事なのは結果だ。その後の動きもこっちの考えを汲んでくれたからな、あいつの全身を見ることができただけでも成功だったと思っておこう」


「そうですね、うん、よかったです」


 ディーナは少しくすぐったそうだったが、褒め言葉を受け取ることにした。


「お、エドも来たか。よし、集落に向かうとするか」


 エドはサイクロプスが倒れた後も遠くから様子を伺い、フードの男も消えたのを確認してから蒼太たちのもとへとやってきた。



 蒼太は小人族の集落へと向かう道中、魔物たちの屍を亜空庫に格納しながら進んでいく。そのほとんどは蒼太が過去に戦ったことがある魔物であり、格納時に解体されていたが、サイクロプス亜種は初めてだったのでサイクロプス亜種右と左の名称で格納されていた。


 かなりの量の素材が集まったころには、なぎ倒された木々が戦いの爪あとを感じさせるものの森の中は綺麗になっていく。それらがひと段落したところで集落が見えてきた。


 誰もいないであろうと予想していたが、蒼太たちを出迎えたのは集落の住民たちであった。


「ん? 逃げたんじゃなかったのか?」


「集落を救ってくれた恩人たちを放って逃げることなどできませんのじゃ」


 中央から出てきて挨拶をしたのは、髭を生やした皺の多い老人だった。



「あんたは?」


 蒼太が尋ねると、老人はうやうやしく頭を下げる。


「わしはこの集落の長で、一族の長老をやらせてもらっております、ザムズマーヴィンと申します。ザムズとお呼びくだされ」


「マーヴィンということは……」


 蒼太の言葉にザムズは頷く。


「そう言われるということはご存知のようですね。お察しの通りわしは千年前の勇者グレゴールマーヴィンの直系の子孫ですじゃ」


 その言葉に蒼太とディーナ、そしてアトラは目を丸くして驚いた。



「長老の子孫か……って言うとややこしくなるか。グレヴィンの子孫なら、色々と話が聞けるかもな」


「ですね、それにお顔を拝見するとどことなく長老さんに似ているような気が……」


 蒼太とディーナの言葉に今度は反対にザムズが驚く番だった。


「お二人は、我が先祖とお知り合いですかの?」


 その質問に、蒼太とディーナは一度顔を見合わせてから頷く。



「ついでに言うと、こっちのアトラもグレヴィンのことを知っているぞ」


『あぁ、私もよく知っている。私の本名はアトラマーヴィン、グレゴールに名づけられた』


 それを聞いてザムズはその場にひざまづく。


「あぁ、守護獣様。我々を救って頂きありがとうございます」


 そして、そのまま深々と頭を下げた。



『む? なぜそこまでする。今回の戦いでは私の力など極一部だ、数でいえばディーナ殿、質でいえばソータ殿のほうが結果を残しているはずだが』


「それはいいとして、とりあえず頭をあげてもらえるか? この衆人環視の中で長老のあんたが頭を下げるのはちょっと体裁がな……」


 蒼太に頬を掻きながら言われて、ザムズは辺りを見回し急いで立ち上がった。


「も、申し訳ありません。どうぞうちにいらして下さい、今回の被害は免れましたので」


 ザムズは慌てて自分の家へと案内する。その道中では集落の住人たちから感謝の声がかけられた。



 家の中に通されると、長老というだけあり広い家で落ち着いた家具が置かれていた。応接間に通されソファに腰掛けると、準備していたかのように婦人が紅茶とお茶菓子を用意する。


「それで、さっきのはどういうことなんだ? みんなの前で土下座するなんて、確かに集落は救われたがアトラに対する態度がへりくだり過ぎだろ」


「いやはや、先程は失礼しました。アトラ様の名前は我々マーヴィンの一族には守護獣として伝えられておりましての、ついつい感情が昂ぶってしまってあのような形に、いや本当にもうしわけありませんでした」


 ザムズは再度頭を下げた。



『ふむ、そのような理由であれば私は気にしないでおこう』


「おぉ、さすが守護獣様、寛大な対応ありがとうございます……っと、これがいけないのでしたな。すいませんじゃ」


 アトラの言葉にへりくだろうとしたザムズであったが、三人の視線に気づき頭を上げて謝罪をする。


「アトラのことを神聖視しているのはわかった。それはいいとして、俺はここに聞きたいことがあってやってきたんだ。答えてもらえるか?」


 蒼太の言葉にザムズは大きく頷く。


「もちろんですじゃ、集落全員の命の恩人である皆様の質問であれば何でも答えましょう……ただ、その前に一つ確認したいのですが、お二人はグレゴールマーヴィンとどういったお知り合いなのですかの?」



 その質問に若干間があったが、蒼太が口を開く。


「……俺は千年前の仲間だ」


 蒼太にディーナも続く。


「私は長老と一緒に旅をしたエルフ族の勇者の妹です」


 二人の答えに驚いたザムズは思わずアトラを見てしまう。



 アトラはその視線を受けてその通りだと頷いた。


「ま、まさかそんな伝承の中の方々が……」


「信じるかどうかはあんたの判断に任せる。それよりも質問に答えてくれるか?」


 ザムズは未だ驚きの最中にいたが、蒼太の言葉に引き戻され何とか首を縦に振った。



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