第177話



「それで、お前はどうするんだ?」


 蒼太は夜月の切っ先をフードの男へと向ける。サイクロプスはピクリとも動かないので、標的をフードの男に定めた。


「……お前は何者なんだ?」


 男は先程までの怒りは鳴りをひそめ、探るような視線を送りながらそう質問した。



「質問に質問で返すのは感心しないぞ? まあ、答えてもいいが俺はただの冒険者だ」


「ただの? ただの冒険者だって? ただの冒険者がサイクロプスの棍棒ごと腕をぶった斬って、目から出た閃光を一本の剣で防いだって言うのか? そんなの信じられるわけがないだろおおおおおおおおおお!」


 男の顔はフードをしていてもわかるほどゆがみ、強い怒りに満ちていた。


「情緒不安定みたいだな……だが、何を言われても俺が冒険者であることに変わりはない」


 蒼太は男の口調の変わりように嘆息しながら、淡々と答えていく。



「その顔が、言い方がむかつくんだよ! 僕を見下したような顔をしやがって!!」


 男は蒼太を睨みつけ怒りをあらわにするが、言われた蒼太はといえばそう言われても、と少し困った顔になるだけだった。


「まぁ、俺のことはいいだろ。そんなことより、どうするんだ? 今までのあんたの言動を見る限り、このサイクロプスを含めた魔物たちはあんたが扇動、もしくは操っていたんだろ? ってことは、とりあえずは俺の敵だ。それで……お前は、俺と戦うのか?」


 蒼太は目を細めてフードの男を睨みつける。



 男はギリギリと歯軋りをして、ただ蒼太を睨みつけていた。


「来ないならこっちから……行くぞ!」


 蒼太がそう声を出した瞬間、ディーナが姿を隠したまま銀弓をフードの男へ向かって放った。


「なんだ!?」


 男はそれを間一髪で避けたが、避けた先へと更に追い討ちの矢が飛んでくる。


「くっ!」


 男の反応速度は速く、その矢も何とか避けていく。


「速いが、遅い」


 男が矢が飛んできた方向から声のした方向へ顔を向けると、そこには夜月を構えた蒼太がいた。



 蒼太が夜月を振り下ろし男を真っ二つにした、ように見えたが斬れたのは男が纏っていたローブだけであった。


「あっっっぶないだろ! 僕じゃなかったら避けられないところだったぞ!」


 その全容を現した男は赤の短髪で背はそれほど高くなく、顔も童顔と言って差し支えないほどに若く見えた。


「よく避けたな」


 二人は地上に降り、会話を続ける。



「全く、こっちの話を聞かずに攻撃をしかけてくるなんて、もっと落ち着きってものを持ったほうがいいんじゃない?」


 男は今までの自分の態度を省みずに、蒼太たちをたしなめる。


「お前に言われたくないが……それで、どうするんだ? 何も答えないならこのまま敵として処分させてもらうが」


 蒼太は夜月を鞘に納め、構えをとる。


「ちょ、ちょっと、だから少し落ち着きなって! こっちは、奥の手だったサイクロプスをやられちゃったんだから、もう戦う気はないよ。さっきの矢をうってきた人もどこかに隠れてるんでしょ? よくずっと攻撃せずに我慢してたね……全く、驚いちゃったじゃないか」



 男は上下黒の服を着ており、その表情には常に怪しい笑みを張り付かせていた。


「一体何者だ? なぜ小人族の集落を襲わせた」


 蒼太は男の言葉を聞いても、構えを解かず同じ姿勢のまま質問をする。


「はぁ、信用ないなあ。仕方ないと言えば仕方ないけど……僕にしてみれば、何で命がけで別の種族を守ろうとしたのか。そっちのほうが疑問だよ」


 蒼太は答えない男を牽制するために夜月の鞘に手をかけ、鯉口を切る。


「ま、待ってよ。答えるからさあ、全く堪え性がないんだから……僕は上から命令されたんだよ。小人族の集落を襲って、族長の命を奪えってね。なかなか族長が見つからなかったから、ここでもう五つ目になるかな。前の集落の小人族のやつを拷問したらあっさり喋ってね、ここが当たりだってわかったのさ。ヒヒヒッ」



「……一応聞くが、前の集落の住人やその拷問をした小人族は?」


「ん? もちろん殺したに決まってるじゃないか、全滅だよ?」


 男はなぜそんな分かりきった質問をするのか、と首をかしげながら答えた。


「ふむ、そうか」


 蒼太はその答えを聞くと、夜月を横薙ぎにする。



「な、なんだよ! ちゃんと質問に答えてるじゃないか! いきなり斬りかかるなんて酷いじゃないか!!」


 男の顔からは笑みが剥がれ、蒼太の非難するような表情になっている。


「うるさい、そもそもそんなことをしたやつを生かして帰す必要がないだろ」


 蒼太の表情はいつも通りのどこかやる気がなさそうであり、口調も淡々としたものだったが、内心男の発言に怒りがこみ上げていた。


「ひ、ヒヒヒッ、僕を殺したら、誰に命令されたかわからなくなるぞ!」


 蒼太の怒りを感じ取ったのか、男はどもりながら切り札とばかりにそんなことを言う。



「だから、どうした?」


 なぜそんなどうでもいいことを聞くのか? 今度は蒼太が男の質問に首をかしげる番であった。そして、一歩踏み込むと夜月を抜刀する。


「や、やめろよ! もう僕は抵抗もしてないじゃないか!」


 ディーナの死角からの攻撃を避けた動きでもわかっていたが、男の動きは素早く、蒼太の攻撃を間一髪のところでかわしていた。


「だから、それがどうした?」


 聞く耳を持たずといったように男の言葉を聞き流しながら、攻撃を加えていく。



「あー、もう! 鬱陶しいなあ! 話くらいさせろよ、な!!」


 男は蒼太の攻撃を避けながら、何かの合図のように右手を挙げた。すると、先程までぴくりとも動かず気絶していたはずのサイクロプスが身体を起こし、残ったほうの手で蒼太に殴りかかった。


「ちっ!」


 蒼太は舌打ちしながらそれを避けたが、その拳は地面に小さなクレーターをつくり周囲に土煙があがる。



「ヒヒヒッ、今日は僕のほうも準備不足だったからね、今度会った時は本気で相手をしてやるよ」


 男の声がこだまするが、もうその姿を視認することはできなかった。気配察知で男の気配を探ろうともしたが、気配遮断スキルを使ったのか転移したのか、男の気配を感じ取ることはできなかった。


 蒼太は攻撃してきたサイクロプスの身体を中央で一刀両断にし、念のため斬り口を焼き塞ぎ、止めを刺した。


「また、面倒くさそうなやつが出てきたもんだ……」


 蒼太はそう呟き、ため息をついた。

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