第175話



 魔物の群れを次々に倒していくディーナとアトラを見て、小人族も勝てるのではないかという希望を抱き始める。


「外からも援軍が向かっています! 私たちも戦線に加わるので、みなさんも隊列を立て直して下さい!」


 ディーナは既にアトラから降りて敵を攻撃しやすい場所へと移動していた。高い位置からの鼓舞の声は広がっていき、皆の心を奮い立たせていく。前線ではアトラが戦闘に加わり、形勢を立て直していた。



『遠距離ではエルフの弓の名手が、ここには私アトラが。外からは私の主人が向かっている、もうひとふんばり力を出せ!』


 アトラも前線の小人族に声をかけ戦線を盛り立てていた。それは効果的で、もう無理かもしれないと心が折れそうだった小人族の支えになり、奮起させていた。



 周りにアトラとディーナがいなくなった蒼太は、夜月に魔力を込めて次々に魔物を斬り裂いていく。二人が近くにいれば周囲を気にしながらの戦いになったが、その枷から開放された今はただ魔物を斬ることだけを考え、夜月を振るっていた。


 蒼太はただ直進するだけでなく、目に入る魔物の全てを断ち切るほどの覚悟でいた。滑るような足捌きで一歩進んで数匹倒し、また一歩進んで数匹倒すという動作を次々に繰り出し、数分の後には数十を軽く越える数の魔物を倒していた。


 刀身にはもちろん魔力を流し血糊がつかないようにし、自らに返り血がかかればすぐさまクリーンの魔法で自らを綺麗にしていた。



 蒼太、ディーナ、アトラがそれぞれの場所でそれぞれの力を発揮することで押されぎみだった小人族は形勢逆転していた。



 程なくして蒼太が集落の入り口へと辿り着き、アトラと合流する。この時点でかなりの数の魔物が命を失っており、既に小人族だけでも何とかなる状況だった。


「これならいけるぞ! みな耐えろ! あと少しの辛抱だ!!」


 前線で指揮をとっていた男が更にみなを鼓舞しようと、声をあげた。この場に彼の発言の内容の意味を理解できるものがいたならば彼の発言を必死に止めたかもしれない。



 ディーナは高い場所で戦闘をしていたため異変にいち早く気づいていた。


「な、なんですかあれは……まずいです。きっとあれを見たら混乱して戦いになりませんね」


 その異変に驚いたが、すぐに今後の展開を予想し場所を移すためにそこから飛び降りた。



 蒼太たち前線の者たちも地面の揺れに気づき辺りを見回し、ついには集落が大きな影の中に飲まれたことでその正体に気づいた。ビルの高さと同じくらいの身長に、大きな一つ目、その手には巨大な棍棒が握られている。その身には巨大な黒い鎧をまとっていた。


「あれは……サイクロプスか」


 過去に何度も巨大な魔物との戦いを経験している蒼太はそれだけ呟き、さほど驚きを見せなかったが、周囲の小人族は顔から色が失われており、あまりの絶望に膝をついてしまうものまでいた。



「お、お前らまだだ、まだ諦めるな!」


 指揮をしていた男は何とか自らを奮い立たせ、周囲の者たちへと声をかけ立たせようとするが、皆絶望の最中におり呆然とそのサイクロプスを見ていた。


「だ、ダメだ、立つんだ! 立って……逃げるんだ!!」


 逃げる、その言葉には強さが篭っており、その声が耳に届いた者から次々に集落の中へと逃げ帰り家族や仲間をつれて逃げ出そうとしていた。



「アトラ、お前は大丈夫か?」


『無論だ、あの程度の魔物にエンペラーウルフである私が怯むと思っているのか?』


 アトラは蒼太の質問に当然だと頷き、更に質問を返した。


「ふっ、ただの確認さ。まあアトラが尻尾を巻いて逃げたとしても俺が何とかするがな」


「私もいますよ」


 ディーナも逃げる小人族の間をぬって、蒼太たちのもとへと辿り着いていた。その表情からはサイクロプスに対する恐怖心は見て取れなかった。



「あいつだと弓は厳しいか」


 鎧を身に纏っている上に、そもそもの皮膚が固く弓ではかすり傷程度しか与えられないことが予想できた。


「えぇ、アンダインでいこうと思います」


 その手には既にアンダインが装備されており、精霊も呼び出されていた。


「まずは準備だな」


 蒼太は戦闘前の準備として、それぞれに身体強化の付与魔法をかけていく。そしてディーナとアトラの顔を見て頷くと蒼太は走り出し、二人もその後を追いかけていく。



 サイクロプスは森の中を走る蒼太たちには気づいていないようだったが、棍棒を振り上げ適当な場所めがけて振り下ろした。それは小人族にも、蒼太たちにも届かない位置であったが、振り下ろした先にはクレーターが出来上がっていた。


「あれは……まずいな」


 その一撃には蒼太も危険を感じていた。蒼太であれば受けきることは可能だが、ディーナやアトラ、ましてや小人族では一瞬で消し飛んでしまう可能性があった。



 蒼太はサイクロプスの動きを封じようと、足を狙うため左足へと向かって行く。ディーナとアトラはマトの分散を考えて反対の右足へと向かって行った。


 足までは鎧が装着しておらず各人の攻撃は通ったが、右足側の二人の攻撃は芳しくなかった。元々の防御の高さのため、決定的なダメージを与えるには至っていなかった。



 反対に左足側の蒼太は、皮を斬りその中まで刀身を届かせており、サイクロプスに声をあげさせたたらを踏ませる。


「ぐおおおおおおぉぉぉ」


 蒼太の一撃は深いところまで届いており、サイクロプスは苦悶の表情となっている。数歩下がり距離をとって辺りを見回すが、そこは森であり木に囲まれているため蒼太たちの姿を見つけることは難しかった。


「ぐるる」


 サイクロプスはそのことに怒りを覚え、姿勢を低くして横薙ぎに棍棒を振るい、その一撃で木々をなぎ払っていく。サイクロプスを中心とした一帯に何もないエリアが形成され、蒼太たちは攻撃をするためにはそこに入り姿をさらす必要があった。



「デカイ図体のわりに、知恵が回るな」


 蒼太は気にせずにサイクロプスの前に姿を晒した。その声にサイクロプスは大きな巨眼をぎろりとさせ、蒼太のことを見る。一方でディーナとアトラは蒼太が囮になって視線を引きつけていることをわかっており、未だ森の中で姿を隠していた。



 サイクロプスの視線を一身に受けている蒼太は、これほどの魔物が誰かの言うことを聞いて村を狙っていることにやはり違和感を感じていたため、別の視線が自分を見ていないか同時に探っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る