第169話
グレヴィンの本は、入ったばかりでカウンターの奥に置かれており、まだ棚に並べられていなかった。ガイが取りに行き、蒼太へと手渡した。
「これか……確かに著者名がグレヴィンになっているな」
蒼太が著者名を確認していると、ディーナも横から覗いてそれを確認する。
「本当ですね。何か書いてある可能性が……」
ただの物語の可能性もあったが、長老からのメッセージという線も捨てきれなかった。
「あのー、申し上げにくいんですが……読まれるのでしたら、それぞれ保証金の支払いをお願いできますか?」
「お、すまない。忘れてたよ」
ページを捲くり始めていた蒼太だったが、ガイの言葉に現実に引き戻されて金貨の支払いを行う。
「はい、お預かりしますね。それと、本を読まれるのでしたら立ち読みもなんですからどうぞどこかのテーブルでお読み下さい」
そう言わなければ二人ともここで読み続け兼ねないと考え、ガイは一言付け足した。
「そうさせてもらおうか、ディーナ行くぞ」
「はい」
続きを読みたい二人は、足早に手近なテーブルにつき横並びで本を読み始めた。
その本はガイが言う通り、とある物語を書いた小説のようなものであった。その物語は一人の竜人族の勇者を題材にしたものであった。勇者は過去の大きな戦いの全てで多大な戦果を残し、またその全ての戦いで生き抜いていた。
「これは、あいつのことだな……」
蒼太が呟いたが、ディーナは文字を追っており反応はみられなかった。言葉を発した当の蒼太も文字を追い続けており、反応がないことにも気づいていなかった。
それからしばらくの間、二人して物語に没頭していたがほぼ同時に読み終わり顔をあげる。
「はあ、疲れた」
「私もです、んーー」
二人そろって椅子の背もたれに背中を預けて伸びをする。
「これは面白かったな。情報源としてもそうだが、それ以上に物語として面白かった」
「わかります、わくわくして続きが気になってどんどん読めました」
二人ともいい作品を読んだあとの独特の満足感と、もっと読みたいという物足りなさを感じていた。もし、ここに続巻が並んでいたら一日かけて読み漁っていたかもしれない。それほど二人は本に引きこまれていた。
「だが、これで小人族の次の目処が立ちそうだな」
蒼太の言葉にディーナも頷く。
「来てみてよかったですね。でも、まずは小人族に……ってアトラちゃんほったらかしにしちゃいました!」
ディーナは慌てて図書館の入り口に向かう。蒼太も本を持って、あとに続いた。
二人が入り口に辿り着くとそこではアトラが司書たちに囲まれていた。
「きゃー、可愛い!」
「おい、これも食うか?」
「そんなの食べるいわけないでしょ、こっちがいいわよねえ」
ガイとレナ以外の司書も集まっており、更には蒼太たち以外の来客もいたため大きな輪になっている。
「おいおい、これはどういうことだ?」
「アトラちゃーん!」
蒼太は少し離れた場所で呆然とその輪を見ながら呟き、ディーナはアトラを助け出そうと声をかけたが、輪の外側だったため、その声は中心にいあるアトラへは届かなかった。
「す、すいません。うちのものが食べ物をあげたら、そこから火がついたみたいで、他のお客様も次々と」
ガイはその輪に加わっておらず、蒼太とディーナに何度も頭を下げる。
「あ、あぁ、まあいいんだが……ちょっと驚きの光景だな」
「えぇ、私もあんなにはしゃぐ同僚たちは見たことがありませんよ……」
蒼太とガイは目の前の光景にため息をついた。
ディーナもあまりの熱狂振りに輪の中に入ることができず、とぼとぼと戻ってきた。
「すいません、ダメでした……」
ディーナはそれだけ蒼太に報告すると肩を落とした。
「……威圧で片っ端から倒す。というわけにはいかないよな……待つか」
蒼太の物騒な発言にガイは一瞬目を丸くしたが、その後の言葉を聞いてほっと胸をなでおろした。
それからしばらくすると、アトラが反応を示さなくなったのと周囲が飽きてきたのもあり、徐々に輪が崩れていく。それを見計らって輪の中から素早くアトラが飛び出し、ジャンプ一番ディーナの腕の中へと収まった。
「おかえりなさい」
「ガウ」
ディーナの言葉にアトラは狼らしい鳴き声で返す。それを見た司書たちが再びアトラをディーナごと取り囲もうとしたが、蒼太が二人の前に立ち睨みを利かせた。
「うっ」
先頭にいた女性司書がその目線に怯んで足を止める。その背中へと次々に他の司書がぶつかり、将棋倒しになった。
「ふぅ、みんな遊んでないで仕事へ戻りなさい!!」
ガイが倒れている司書たちを大声で注意する。
「ひっ! ご、ごめんなさい~」
ガイが怒った時の怖さを知っているレナが一目散に逃げだし、他の司書も謝罪しながら散り散りになり担当作業へと戻っていった。
「申し訳ありませんでした」
ガイが司書たちの代表として深々と頭を下げた。
「あー、いや気にしなくていい。そもそもあんたは輪に加わっていなかったわけだしな」
「ですです。それにアトラちゃんの可愛さにメロメロになる気持ちもわかりますので、みなさんをあまり怒らないであげて下さい」
ディーナの言葉にガイは困った顔で笑いながらも頷いた。
「あー、わかりました。滅多にあるわけではないですし、今日の作業を終わるまでがんばるということで許してあげます」
そう言ったガイの目はキラリと光り、それぞれの位置で様子を伺っていた司書たちをジロリと睨んだ。睨まれた司書たちは、ビクリと身体を震わせて、誤魔化すように作業へと戻っていった。
「私も作業に戻りますので、これで失礼します」
ガイは蒼太とディーナに一礼すると、カウンターの向こう側へと戻り、他の職員たちを叱咤しながら自らも作業を進めていった。
「さて、俺たちも行こうか」
「そうですね、そろそろ夕飯のしたくをしましょうか。帰りに買い物していってもいいですか?」
「あぁ、構わないぞ」
蒼太はこのやりとりに、どこか所帯じみたものを感じたがそれも悪くないなとも考えていた。
『……そろそろ、小人族の集落に行きたいところだ』
アトラは図書館を出たところで口を開いたが、その顔は疲れた表情をしていた。
「そうだな、明日にでも出発するか」
蒼太はアトラの言葉に賛同した。先程のグレヴィンの本を読み、冒険に出たいという気持ちが疼いていたためだった。
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