第170話



 その日は、外に聖域のテントを出しその中で蒼太、ディーナ、アトラ、エドの四人でディーナの手料理に舌鼓をうった。エドは野菜やフルーツなどだったが、アトラは通常の食事も問題なく食べることができた。


 その後は片付けを終えると、それぞれの寝床へと戻り就寝する。アトラは侵入者対策として玄関で陣取ることになった。その身体の下には魔物の毛皮を蒼太が用意していた。



翌朝



 ゆっくり休むことができた四人の目覚めは爽快だった。


「結局のところ数日いただけだが、出発するか」


 リビングで目覚めのお茶を飲んでいる時に蒼太は提案する。


「そう、ですね。色々気になることもありますし、それに……旅は楽しいです!」


 ディーナも前日に読んだグレヴィンの本にあてられており、冒険に出たい気持ちは高まっていた。


『私はどちらでも構わん。ソータ殿の獣魔であるからな』


 アトラも口ではそう言ったが、小人族の集落へと気持ちが向いているのは尻尾を見れば一目瞭然であった。



「なら、決定だな。昨日のうちに各所への手紙はしたためておいた。フーラに屋敷のことと手紙を頼もうと思っている。これで、すぐに出発できるはずだ」


 蒼太の言葉に二人は頷いた。



 家を出るとエドは蒼太たちの行動を予想していたのか、出発はまだかと待ち構えていた。


「エドは察しがいいな」


 エドは、だろう? といわんばかりに蒼太に向かって鼻を鳴らす。


 昨日の夕食の際に、蒼太とディーナは冒険の話をしており、その表情を見てエドは出発が近いと判断していた。


「さすがエド君ですね」


 ディーナはそういいながらエドの背中を撫でていく。


『エド殿は優秀だな、私も負けていられん』


 アトラはエドに謎の対抗意識を燃やしていた。



 馬車を亜空庫から取り出し、エドへの装着を終えると三人が乗り込んだ。


 宿に寄って食事の確保を、とも考えたが、これまでに用意した料理や食材が大量に亜空庫に格納されていたため、フーラにだけ出発を伝えようと不動産屋へと真っすぐ向かうことにした。


 フーラとのやりとりはいつもの通りで、お互いに勝手を知っており話もスムーズに進んだ。手紙のことも、街にある物件を見て回るフーラにとっては負担にならなかったようで、快諾してもらえた。



 つい先日帰ってきた門をくぐり、お気をつけてと衛兵に見送られて一行は出発した。


 今回は見送りはなかったが、そんなことは気にもならず旅への期待感が一行を包んでいた。



 道中ではアトラも成体の狼サイズになり、エドと並んで歩を進める。途中すれ違う冒険者もいたが、首飾りをつけているため獣魔であると判断され、特に気に止められることもなかった。


 首飾りも魔道具の一種であり、装着したものが登録された獣魔であれば成長などで身体の大きさが変化したとしても自動的にそのサイズも変更されるため、サイズ感の問題はなかった。



 旅は今回も順調に進み獣人国へ向かった際と同じルートを辿っていくが、半ばを過ぎて数日経ったところでアトラが一行を止めた。


『そろそろだったと思うが……みなはここで待っていてくれ』


 アトラは何かを探すように道を逸れて、周囲を探っていた。


 蒼太たちはアトラに言われた通りにその場で待機する。辺りに魔物の気配はなく、ぼーっと景色を眺めていたが数十分は経過しただろうかという頃にアトラが戻ってくる。



『ここで間違いないようだ。馬車のままだと足場が悪いところもあるから、馬車を仕舞ってみな徒歩で向かうのがいいだろう』


 アトラの提案に頷き、蒼太は周囲に人気がないことを確認すると馬車をエドから取り外し亜空庫へと格納していく。


「これでいいな。さてさて、一体どんな場所に連れて行かれるのか楽しみだな」


「そうですねえ。街とも村とも違うとなると、なんか想像できませんね」


 蒼太の言葉にディーナも頷く。小人族がいくつもの集落に別れているのは多くの者が知っている事実ではあったが、その集落へと行ったことがある者は少なかったため、その実情はあまり伝えられていなかった。



『あまり、外界というか外のものとの接触はないようだからな。一部の者が買出しなどで外の街に向かうことがあっても、外の人間を迎え入れることは少ないはずだ』


 アトラは前を向き先導しながら話しているため、表情は読み取れなかったがその言葉を聞いてディーナは不安になる。


「私たちが行って大丈夫なんでしょうか?」


「それは俺も思ったが……何にせよ行ってみないことには始まらないだろ」


 蒼太は肩をすくめながらそう言ったが、ディーナの表情は不安そうなままであった。


「そう、ですよね」


「あんまり気にするな、いざとなればアトラが何とかしてくれるはずだ」


 蒼太は元気付けようと、ディーナの頭を撫でながら冗談めかして言った。



『ディーナ殿、安心してくれ。私が話せばきっと受け入れられるはずだ。最悪、受け入れられないとしても敵意を持たれることはないだろう』


 アトラも振り返り自信に満ちた表情でディーナへと声をかける。


「二人とも……ありがとうございます。そうですよね、これくらいエルフの国の貴族たちの下劣な言葉に比べれば大したことのない問題です」


 ディーナは冗談で言ったのであろうが、蒼太はその言葉を聞いて頬をひくつかせた笑いしかでなかった。



 道を逸れてから、二時間程度は歩いただろうか小人族の集落はまだ見えてこなかった。


「なあ、アトラ。こっちであってるのか?」


 何度目かの蒼太の質問にアトラは前を向いたまま頷いた。そして、次に紡がれた言葉はその問いへの最終的な答えとなった。


『見えてきたぞ』


 アトラが示す先は変わらず草が生い茂っているだけだった。しかし、蒼太とディーナは目を凝らしその空間の揺らぎを感じ取った。



「これは、普通にはみつからないな」


「アトラちゃんに言われなければ、見逃しているところですね」


 二人はその結界の精度に驚いていた。通常の結界であれば、強力な魔力が使われているため大きな揺らぎになり外から見ればすぐにわかるが、これは結界として強固でありながらその揺らぎは最小限に留められていた。



『これは、敵意がなく、結界の存在に気づいていればすんなりと通れるはずだ。行こう』


 アトラの先導で結界の中へと入っていく一行。その言葉通り、問題なく結界を通ることはできたが、その向こう側には予想外の展開が待ち受けていた。



「これは、一体どういうことなんだ?」


 蒼太は呆れたような声で言うが、蒼太たちは武器を持った小人族に囲まれていた。

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