第167話



 蒼太は獣人国に行き偶然シルバンの店に辿り着いたこと、最初に行った時は閑古鳥が鳴いていてそれは獣人国を発つ時までほとんど変わらなかったことを話した。


「うーむ、そんな場所に店を出していたとはなあ。ゾフィ義姉さんも兄貴の道楽につき合わされて大変だな」


 ゴルドンは兄の心配一割、ゾフィの心配と同情あわせて五割、残り四割はシルバンに対してざまあみろという心境だった。


「なんでそんなにシルバンに突っかかるんだ?」


 蒼太はそもそも何故ゴルドンがそこまでシルバンのことを嫌っているのかがわからなかった。直接会ったシルバンは別段人格破綻者ということもなく、むしろ親切にしてもらった思いがあった。また、シルバンはゴルドンの話が出てもここまで過剰な反応は示していなかった。



「俺はいつも兄貴と比較されていたんだ……」


 ゴルドンはぽつぽつと話し始める。


 父親の弱いところを見せないほうがいいと思ったディーナはミリを連れて席を外していた。


「兄貴は小さい頃から何をやっても優秀で、俺はいつも兄貴の背中を追いかけていた。その頃はそれを誇りに思っていたんだが、どこにいっても誰と話しても俺を兄貴と比べやがった」


 ゴルドンは苦悩を吐き出すように言う。



「兄貴が冒険者になって、俺も負けるものかと冒険者になったが、そこでも俺の腕前は兄貴に及ばず俺は密かに好きだった料理に手をだすことにした。兄貴は冒険者、俺は料理人と別の分野だったからもう比較されることはないだろうと考えていた」


「ところがシルバンも同じ道に入って来た、と」


 蒼太の言葉にゴルドンは難しい顔で頷いた。


「何で弟の後追いなんかしたんだ?」


 それは蒼太でなくても不思議に思うところであった。そもそもBランクのゴルドンよりも冒険者として成功してるシルバンがわざわざ慣れていない、儲けの少ないであろう料理人になるということは不自然であった。



「それが、どうやら俺のせいみたいなんだ」


 ゴルドンの言葉に蒼太は眉を寄せる。


「どういうことだ?」


「俺は料理人になるために、獣人国の王都にある店で料理の修業をしていたんだが、そこに兄貴がメシを食いにやってきた。違う分野で頑張っている俺を激励にきたんだとさ。そこで料理長に、俺が料理を作るよう指示されてそれを兄貴に出したんだ」


 当時の光景を思い出しながらゴルドンが語る。


「そしたら、兄貴は……」


「けなしたのか?」


 蒼太の言葉にゴルドンは首を横に振った。



「絶賛してくれたんだ。こんなに美味いものは食ったことがないってな。兄貴の感動はすごかったらしい、それまで食い物なんて食えればいいって言ってたんだぜ?それがさ、急に立ち上がって言うんだよ。俺も料理人になる! ってな」


 あまりの急展開に蒼太は口を開けたまま驚いていた。


「そこからの兄貴の急成長には俺も驚いた。ろくに包丁も握ったことのなかった兄貴がいっぱしの料理人として働けるようになるまで、そんなに時間はかからなかったよ」


 そう言ったゴルドンの顔はどこか誇らしげであり、何だかんだとシルバンのことを単純に嫌っているというわけではない様子が伺えた。



「まぁ、そこからは俺も兄貴もそれぞれの店で修行をして店を持つことになったんだ」


 ここまで話を聞いて蒼太は疑問が浮かんでいた。


「うーん、シルバンが何でもできてゴルドンが得意としてた料理の分野でもその才能を発揮した。それはわかったが、何でそんなにあんたがシルバンのことを嫌うのかがわからん」


 今度はゴルドンが蒼太の言葉に腕組みしながら首を傾げていた。


「ん? 俺は別に兄貴を嫌ってなんていないぞ。むしろあの才能をそんな辺鄙なとこで終えるのはもったいないとすら思ってる」



「じゃ、じゃあなんであんなにシルバンの名前に反応してデカイ声を出したんだ?」


 蒼太は予想と違う回答をゴルドンの口から聞いたため、その疑問を持った。


「あー、だから言ったじゃないか。久々に名前を聞いて頭に血が昇ったって。懐かしさと、ライバル心と小さい頃のちょっとした嫉妬が入り乱れてついつい興奮しちまったんだよ」


「なんだそんなことか」


 蒼太が考えていたような確執がないようで、それに安心していた。



「だったら、あれも話しても大丈夫か」


 蒼太は含みを持たせたような言い方をする。


「何だよ?」


「俺たちは獣人国を出たあとドワーフの国に行ったんだ。そこでまあ色々とやることがあったんだが、それはいいとしてそれでしばらくしてまた獣人国に戻って来た。それで、またシルバンの店に行ったんだが」


「だが?」


 蒼太がそこで溜めを作ったので、ゴルドンは先を促す。



「その時にはすごい行列ができてたよ。ランチタイム中ずっと人が途切れることがないくらいにはな」


「なんだって!!」


 ゴルドンが勢いよく立ち上がったため、イスは後ろに倒れて大きな音をたてた。


「あー、なんだ。とりあえずイスは起こしておけよ。そうしたら、今のシルバンの料理を出すから」


「あるのか!」


 ゴルドンは驚いて蒼太に詰め寄るが、蒼太は手で押し返す。



「あるから、出すから、だからちゃんとイスに座ってくれ」


「わ、悪いな。それで、料理はどんなやつだ?」


 ゴルドンが席についたことを確認すると、蒼太はマジックバッグからシルバンが作ってくれた料理を取り出しゴルドンの前にだす。


「これだ。獣人国を発つ時に作ってくれたものだが、これに入れてたから作りたてと同じだ」 


「く、食っていいか?」


 ゴルドンは料理と蒼太の顔を見比べてから尋ねた。蒼太は無言で頷き、手で食べるように促した。



 許可を得たゴルドンは、見た目、匂いを確認し口に運んでいく。


「……ちくしょう。美味いじゃねーか」


 ぽつりと呟いたゴルドンの顔には笑みが浮かんでいる。


 そこからは勢い良くがっつき、あっという間に皿は空になっていった。

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