第162話
子犬サイズに変化したアトラに対して、既にエドは警戒心を持っていなかった。
そのアトラはといえば、ディーナの腕に抱かれながら馬車に揺られていた。
「サイズ変化できるのは助かるが、あとで獣魔登録はしておかないとだな」
この世界では魔物を自分の支配下に置き、獣魔契約する冒険者は珍しくはなかった。しかし、街中で野放しでいると多方面の影響があるため、冒険者ギルドで獣魔登録することが義務付けられている。
『そうだな、集落では特に問題はなかったが街に入るのであれば、そうしたほうが余計な軋轢を生まずに済むだろう』
「可愛い! けど、アトラちゃんだいぶ難しい話し方をするんですね」
元が大きなエンペラーウルフであることを忘れているのか、ディーナはアトラのことを可愛い子狼のアトラちゃんとして扱っていた。
『む、むう。私がちゃんづけで呼ばれる日が来るとは』
「まぁ、そのサイズになった時点でお察しだ。いち早く仲間として打ち解けることができたと思って諦めるんだな」
困惑しているアトラに対して蒼太は、フォローにならないフォローをいれた。
アトラも心底嫌がっているというわけではなく、慣れていない呼び方にとまどっているだけのようであった。
「とりあえず、トゥーラに戻って冒険者ギルドで今回の報告と一緒に獣魔登録もやっておこう」
「そうですね。そうしたら、周りからもアトラちゃんが私たちの仲間だって認められます!」
ディーナは、少し強くアトラを抱きしめそう言った。
『な、仲間として認めてくれるのは嬉しいが……もう少し手加減してくれると助かる』
苦しさに耐えながら言うアトラだったが、それでもサイズを変えないことに蒼太は感心していた。
「まぁ、街に戻るまでしばらくかかるから少しは手加減してやれよ。そうじゃないと……嫌われるぞ」
蒼太が最後にぼそりと言った言葉にディーナは驚いてアトラを抱きしめる力を緩めた。
「ご、ごめんなさい」
『う、うむ。そうそう嫌うということはないだろうが、緩めてくれたのは助かる』
苦しさから開放されたアトラは脱力していた。
その後のディーナは節度を持った可愛がり方をしていた。
途中休憩している時に少し大きなサイズになればいいのに、という蒼太の忠告にアトラは納得したが、その会話を聞いていたディーナが悲しそうな表情になっていたので、ため息をつきながらそのままサイズを維持していた。
そして一週間程かけて街へと戻ってくる。
何度目かのトゥーラへの帰還は、どこか地元に戻ってこれたという感覚を蒼太にもたらしていた。
「これはソータ殿、ディーナ殿おかえりなさい。無事帰られたようでよかったです」
出発の時も門にいた若い衛兵は、二人の名前を覚えており気持ちよく迎え入れてくれた。
「あぁ、身分証明証の提示だったな」
蒼太とディーナは馬車から降りて、冒険者カードを提示した。
「ありがとうございます……あの、ディーナ殿。その手の中にいるのはもしかしてウルフですか?」
ディーナは馬車から降りてもアトラを抱きしめたままだったため、衛兵の疑問は当然のことだった。
「あー、一応俺の獣魔でな。これからギルドで登録しようと思ってるんだが……通っても大丈夫か?」
「少々お待ち下さい。確認してきますね」
衛兵は衛兵小屋にいる先輩に事情を話し、対応方法を確認する。
「ほー、これがあんたの獣魔か。ははっ、可愛いもんじゃないか。凶暴な獣魔だと問題があるが、こいつなら大丈夫だろ。通って構わないぞ」
実際に通行許可は危険度で判断されるもので、ウルフでディーナに懐いているため危険はないと判断された。ちなみに、危険度の高い魔物である場合は獣魔登録をしてあっても、街の中に入ることが許可されない場合もある。
その場合には、街から少し離れた場所に設置してある獣魔小屋で管理されることとなる。
「それじゃ、通らせてもらうな」
蒼太とディーナは水晶によるチェックを終えると、馬車に乗り込んで街の中へと入っていく。衛兵たちは敬礼をして蒼太たちを見送った。
「よかったな。多分本当の姿だったら中に入れなかったぞ」
『うむ、やはりこの姿になっておいて正解だったな。私の予見どおりだ』
アトラはたまたまこのサイズになっただけだったが、さも自分の手柄であるかのように胸を張っていた。
「もー、そういうところも可愛いなあ!」
子犬が自分を大きく見せようとしているように見えるため、ディーナは再びぎゅっとアトラのことを抱きしめた。しかし、先日の経験を生かしてその強さは調整されたものだった。
「お、そろそろ着くぞ。二人とも降りる準備をしてくれ」
「わかりました」
『了解した。私も降りていこう』
蒼太たちはギルドの近くに馬車を停めると中へ入っていく。アトラは獣魔であるので、他の冒険者に舐められないようにディーナの手から降りて自らの足で歩いていく。そのサイズ感ゆえに見た目だけで舐められていることを本人は気づいていなかった。
「あ、ソータさんとディーナさん」
ギルドに入ると受付のアイリが二人に気づいて声をかけてきた。
「アイリか。悪い、ギルドマスターに報告があるんだが取次いでもらえるか?」
「ギルドマスターですか……わかりました、少々お待ち下さい」
これまでにも蒼太は何度もギルドマスターに呼ばれているため、その一環だろうと判断しアイリは小走りで報告に向かった。
しばらくすると、アイリがミルファを伴って戻ってきた。
「アイリありがとうございました。ソータさん、ディーナさんお待たせしました。上へどうぞ」
ホールにいた冒険者もその光景を見てもいつものことかと興味を示さなくなっていた。中には蒼太たちのことを見たことがない冒険者もいたが、彼らは別の冒険者に話をきき納得することとなる。
ギルドマスタールームに入ると、グランがいまかいまかと待ち構えていた。
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