第161話



「それで、族長だか中心人物だかがいそうな集落に案内してもらいたいんだが……可能か?」


 蒼太は再度アトラへと質問する。


『むう、可能は可能だが……それには条件が一つある』


 アトラはどこか覚悟を決めたような神妙な顔でそう言った。


「何だ? できることなら何でも、とは言えないが……それでも大抵のことはするつもりだ。言ってくれ」


 蒼太の回答を聞いてアトラは頷くと条件を口にする。



『それはだな……貴様と私が獣魔契約を交わすことだ』


「なんだって? それはアトラ、お前が俺の獣魔になるってことになるんだが、いいのか?」


 思ってもみなかった条件に蒼太は驚いて、アトラへと聞き返した。


『うむ、貴様がグレヴィン殿の仲間であるならば不足はない。その実力は目の当たりにしているし、我が主となるのであれば集落に案内することも問題はなくなる。私が主人と認めたものであれば案内しても良いと言われている』


 アトラは前の主人との約束を思い出し、そう言葉にした。



「別に俺は構わないが……とりあえず、その貴様ってのだけ止めてくれないか?」


『ふむ、ならばソータ殿と呼ぼう。それで良いか?』


 アトラは呼び方にこだわりがあったわけではないので、すぐに訂正を受け入れた。


「それじゃあ、早速契約をするか……確か、あれがあれば……っと」


 この世界で獣魔契約をする場合にはいくつか方法がある。まず一つ目はスキルによる契約。二つ目は獣魔ギルドにいる獣魔契約代行を生業としているものに頼む方法。そして、三つ目が専用の紙に専用のインクで、専用の方法で書き記した獣魔契約書を使うことだった。


 蒼太はその三つ目の方法で行うために、亜空庫から獣魔契約書を取り出した。



「こいつを使って契約するぞ」


『うむ、それならば問題はないだろう』


 アトラは前回の契約でも同じ契約書を使っており、それと同様の契約書であると判断していた。


「じゃあ、まずはここに俺の名前を書いて……」


 蒼太がマスター名を本名の近衛蒼太と漢字で記入していく。


「あとは、ここに判を押してくれ」


 蒼太は判と言ったが、それは魔物の手形や足形のことであり契約書のどこかにそれを押すことで契約が完了する。これだけ聞くと、一方的な獣魔契約も可能であるように思えるが、千年以上の昔それが問題となったことがあり今では互いの意思確認が自動で行われる機能がついていた。



『うむ、それでは』


 蒼太が地面に置いた契約書へとアトラが前足を乗せる。契約書は強い光を放ちながらその場からかき消える。


「い、今ので契約は終わったんですか?」


 契約書自体が消えてしまったため、ディーナは驚いていた。


『うむ、これでソータ殿が私のマスターというわけだ』


「あぁ、契約完了だな。傍から見てもわからないだろうが、確かにアトラとの繫がりを感じる」



『テイマースキルを覚えた』



「お、これで獣魔召喚が使えるのか」


 蒼太はテイマースキルについての知識を多少ではあるが持っており、その中で特に便利だと思っていたスキルのことを口にした。



「獣魔召喚?」


 ディーナはオウム返しで尋ねる。


「あぁ、離れた場所にいる契約した獣魔を呼び出すことができるスキルだ。街中で使ったら下手したら捕まるけどな」


 実際にそういった例があったことが蒼太が読んだ本には載っており、注意喚起が促されていた。


『それ以外にもいくつかスキルはあるようだがな』


 スキルは主にマスター側が使うため、アトラも詳細は知らなかった。



「これで、小人族の村へ案内してくれるんだな?」


『あぁ、もちろんだ。契約したからには、主人の命令には従おう』


 今度は蒼太の要望に素直に頷いた。


「あ、あのーちょっといいですか?」


 話を進めていく蒼太とアトラにディーナがおずおずと質問した。



『「なんだ?」』


 二人の声はほぼ同時だった。


「その、契約したからソータさんは案内してもらえるんですよね? 契約してない私は……」


 ディーナはそれを不安に思っていたらしく、二人、主にアトラへと質問する。



『何を言っておられる。ソータ殿の伴侶殿であれば同行されるのが当たり前であろう。何も不安に思うことはない』


 伴侶と言われディーナの顔はぼんっという音が聞こえるくらいに急激に真っ赤になった。


「は、伴侶って、な、何を言ってるんですか!?」


『む、違ったのか? それはすまない』


 パニック状態のディーナに対して、アトラは冷静な返しをする。



「伴侶、ではないな。だが、大切な仲間だ。だからディーナが同行するのは当然のことだな」


「ソータさん……」


 蒼太の言葉にちょっとした物足りなさを感じたが、それでも大切だと言ってくれたことで表情が綻んでいた。


『うむ、ならば問題はないな。早速案内をしたいところだが、ここからは少し距離があるな……どちらかというと獣人族領に近い場所にその集落はある』


 獣人族領から戻ってきたばかりの二人は顔を見合わせた。



「……とりあえず、街に戻って依頼の報告をしないとだから戻ろう」


「……そうですね」


 二人は精神的な疲れを見せながら、森から出て行く。その二人の様子にアトラは首を傾げたが疑問は口にせず黙ってそのあとをついて行くことにした。


 森を出ると、エドが二人に気づいて駆け寄ってきたが、アトラの姿を見ると警戒感をあらわにする。



「エド、こいつは大丈夫だ。俺の獣魔になったから仲間だ」


「ぶるるる」


 エドは蒼太の言葉に鼻を鳴らすが、徐々に警戒を解いていく。


『驚かせてすまない、この姿であれば警戒するのも当然だな。どれ……』


 アトラはそう言うと、徐々に身体の大きさを変更し通常の狼サイズへと小さくなった。


「お前、そんなことできたのか……」


「びっくりです。でも、可愛い……」


 二人はその姿に驚いていた。



『先程の姿が本来だが、あのままでは目立ってしまうからな。なんだったらもう少し小さくなることも可能だ』


 そう言うと、アトラは更に小さく子犬サイズにまでその姿を小さくした。


「か、かわいすぎます!」


 ディーナは我慢できずにアトラを抱きしめた。

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