第160話



 蒼太が魔素の吹き出し口に辿り着くと、そこには魔素を吐き出す魔道具のようなものが置かれていた。それに手を伸ばそうとし、触れた瞬間にそれはその場から消えてしまった。


 目の前から瞬時にワープしたように見えたそれは、壊れた、崩れ去ったというよりも、消えてしまったという言葉が正しかった。


 それが消えた瞬間、周囲の漂っていた魔素も徐々に霧散していった。



「ソータさん!」


 魔素が消えたことで蒼太の姿を確認することができたディーナとアトラが駆け寄る。


「ディーナ、アトラ、そっちは何もなかったか?」


 蒼太の問いに二人は頷いた。


『こちらは静かなものだ、むしろ貴様のほうが何かあったのではないか?』


 魔素溜まりの中心に向かった蒼太、その結果が今の状況であることから何かが起こったと予想するのは容易かった。



「あー、何だろ……変なゴブリンとそれを操ってた剣と戦闘になった。そのあと、魔素を噴出してた魔道具みたいなのに触れようとしたら消えてなくなった。そんなところか」


「えーっと、それはどういう?」


 蒼太の説明は起きた事象の全てを端的に説明しているが、ディーナは首を傾げていた。


『貴様の説明は当事者以外に分かりづらい、明確な説明を求める』


 アトラはそう要求するが、ディーナも内心では同じ思いであった。 



「仕方ないな……二人と別れて魔素溜まりの中に入って行ったら、急に中心のほうからゴブリンが襲い掛かってきたんだ。そいつはどんなゴブリンとも違う新種のようだった。その手には魔剣を持っていて、俺の言葉も理解しているようだった……まあそれは結局魔剣のほうが操っていたからなんだが、それにしても珍しいタイプだった」


 魔剣を使うゴブリンなど見たことも聞いたこともないため、ディーナもアトラも真剣に蒼太の話に耳を傾けている。


「俺は魔剣にも強い気配を感じたから、ゴブリンごと剣も真っ二つに斬った。それから、さっきまで漂っていた魔素を噴出していた魔道具らしきものに触れようとしたんだが……さっきも言った通り目の前から消えてしまった。まるで転移したかのようだったな」


 蒼太の説明はこれで終わりだったが、ディーナとアトラは考え込んだまま言葉を発せずにいた。



「森の異変の原因はおそらく除去できたが、結局のところ何であんなものがあったのか、あれを守っていたあの謎のゴブリンと魔剣はなんだったのかはわからずじまいだな」


 蒼太は両手を広げ、お手上げだとポーズをとった。


『私も生を受けてから数百年経つが、そのような輩は初めてだな』


「ふえー、アトラさんって長生きなんですね」


 ディーナは目を丸くして驚きの声をあげた。



「わからないことは置いておくとして、アトラだ」


『私がどうかしたか?』


 アトラは急に指差されたため、首を傾げている。


「可愛い……」


 ディーナはぼそっと呟いた。どうやらその仕草はディーナのツボだったらしい。



「……まぁ、いいか。アトラ、お前の前の主人ってもしかして小人族じゃないか? 俺が読んだ本に小人族と狼のことが書いてあったんだが、もしかしたらと思ってな」


『よく、わかったな。狼など数多くいるだろうに……』


 アトラは驚きを隠せず、やや狼狽している。


「前に会った時に言ってただろ? 前の主人の名にかけてとかなんとかって。アトラほどの魔物になると長生きしてそうだから、もしかしたらそういうこともあるんじゃないかと思ってな。まぁ、半分以上だたの勘だ」


 勘でここまでピンポイントなことを当てられたアトラは口をパクパクさせていた。



「それで、頼みたいことがあるんだが……聞いてるか?」


『う、うむ。何だ? 内容次第では応じよう』


 アトラは蒼太の言葉に何とか我を取り戻す。


「小人族と関わりがあるのであれば、俺たちを中心人物がいるであろう集落に案内してもらいたい」


 これまで友好的な対応をしていたアトラはピクリと眉を動かすと、蒼太に対して警戒感を示す。



『それは、どういう用件でなのか聞かせてもらおうか』


 その言葉にもやや棘が見える。


「隠すことでもないから正直に話すが、その前に今から千年前に各種族から選抜された勇者たちが魔王と戦った話は知っているか?」


『あぁ、それなら知っている』


 アトラは頷くが、未だ警戒は解いていないようだった。


「俺はその時に魔王と戦ったうちの一人で、異世界から召喚された勇者だ」


「私は、エルフ族の勇者の双子の妹です」



 蒼太とディーナの言葉に、アトラは再度驚きを見せた。


『い、いや。あれは千年も前の話だ。貴様らはどう見ても千を越える年齢には見えん、エルフだからと言っても千年は言いすぎであろう』


「あの戦いがどう伝わっているかは知らないのか? 俺は魔王との戦いの途中で一度元の世界に送還されている、そして再度召喚されたら千年後の世界だった。だから歳は十八だ」


 アトラは口をぽかんと開いている。


「私は、その魔王との戦いが終わった後に国家反逆罪だとかで魔水晶に封印されていました。その封印が解かれたのが数ヶ月前なので、肉体年齢的には16歳になると思います」


 経過年齢で言えば千を越えるディーナだったが、あえて肉体年齢で通すことにした。



『な、なるほど。それならば先程の話も本当なのかもしれないが……』


 アトラは二人の説明が正しいならば、という条件付になってしまうため判断しかねていた。


「うーん、だったらグレゴールマーヴィンって名前に聞き覚えはあるか? 一緒に旅をした仲間なんだが」


 小人族の長老の名前は後世には伝わっていないはずなので、それを知ることが証明になると蒼太は考えた。


『なるほど……その名を知っているのか』


「あと、これを昔もらったことがある」


 蒼太はダメ押しにと、長老にもらった小人族のお守りを見せる。


『そうか、ならば認めるしかないようだな。それは代々族長を務める家のものしか作ることが許されないものだ、それを持っているなら、そういうことなのであろう』


 アトラは警戒を解き、二人のことを認めた。

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