第163話



 部屋に入って蒼太とディーナがソファに腰を下ろす。それを見計らってミルファは口を開いた。


「あ、あの、ずっとついてきているそのワンちゃん? 狼さん? は一体」


 アトラは蒼太の獣魔なので、当然のように部屋へと入っている。


 ミルファは部屋へと案内する道中チラチラと視界に入って気になっていたが、聞いていいものかと質問できずにいた。しかし、部屋の中にまで入っているので、堪えきれずに蒼太とディーナに質問することにした。



「あぁ、そいつは俺の獣魔でアトラって言うんだ。獣魔登録をしようと思ってたが忘れてたな。下でしてくればよかったか……」


「えっ! ソータさんの獣魔なんですか? てっきりペットかと……」


 ミルファは見た目の愛らしさからペットではないかと予想していたため、驚きの言葉を口にしていた。


「こう見えても、結構強いんだぞ。多分」


 多分と言う言葉にアトラは蒼太を軽く睨んだが、その動作すら可愛いものにみえたらしくディーナとミルファの表情は緩んでいた。



「おっほん、その狼の登録はあとでミルファにやらせよう。それよりも、報告を聞かせてもらえるか?」


 一つ咳払いをするとグランが話を本題に戻していく。


「す、すいません。了解しました、話が終わったら下で登録をしましょう」


 ディーナはそう言って頭を下げた。



「報告だったな。まず森の様子だが、森全体が魔素に覆われていた。量も多かったし、濃度も相当なものだった」


「ぜ、全体だと!?」


 グランは思わず腰をあげるほど驚いていた。


「あぁ、とりあえず座ってくれ。話はまだ続く」


 蒼太は手で落ち着けとアクションする。


「す、すまぬ」


 グランは未だ混乱していたが、何とか気持ちを落ち着かせて腰をおろした。



「俺とディーナは森の中へと入ってみた。外から見たのと同様、中も濃い魔素が漂っていた。気配を探って、魔物が多そうな場所に向かったんだが、そこには以前俺が戦った時をはるかに越える数の魔物がいた」


 それを聞いて再びガタッと音をたてて立ち上がろうとするグランのことを蒼太は再び手で落ち着かせる。


「そいつらは、俺とディーナが片付けたから慌てるな」


「か、かた、片付けた!?」


 グランは再度驚きを見せるが、今度は立ち上がらずに背もたれに体重を預け脱力していた。



「はぁ、お前たちは一体何者なんだ。それでDとFの冒険者だというんだから、性質が悪いわ」


 グランは天をあおいでそう言った。


「そいつらを殲滅したあと、魔素が濃くなるほうへ辿っていったんだが、よくわからんが魔道具みたいなものが大量の魔素を噴出しているのを見つけた」


 グランは身体を起こし、蒼太の話にくいつきを見せる。


「そ、その魔道具はどうしたんだ?」


「俺が手を触れようとした瞬間に消えてしまった。言葉通り、まるでどこかに転移したかのようだったな」


 グランはそれをどうとればいいかと思案する。



「なんにせよ、その魔道具が魔素の原因だったらしく、森を覆っていた魔素は俺たちが帰る頃にはだいぶかき消えていたな」


「ふーむ、その魔道具は一体だれが置いたのか……わからずじまいというわけだな」


 グランの言葉に蒼太は頷く。


「付け加えて言っておくと、その魔道具を守るかのように見たこともないゴブリン種の魔物が魔剣を持って俺に襲い掛かってきた」


「うむむ、見たこともないゴブリンが魔剣……しかもその魔道具を守っているとなると、何者かが仕組んだ可能性が高いな……」


 グランは蒼太が言った話を聞いてしばし考え込む。



 蒼太は小人族への繫がりを得た今は急いでおらず、グランの思考が落ち着くのを待っていた。ディーナはアトラを膝に抱え頭を撫でており、ミルファはそれを羨ましそうに見ていた。


 ぶつぶつと考え込んでいたが、グランの中で折り合いがついたらしく顔をあげた。


「ふむ、待たせてすまんかったな。とにかくご苦労だった、依頼達成とする。他に何か思い出したら寄ってくれ。ミルファ、報酬と獣魔の手続きをよろしく頼む」


「承知しました。ソータさん、ディーナさん先に下に行って待っていてもらえますか? 報酬の魔道具を準備して持って行きますね」


 ディーナに促され蒼太とディーナは部屋を後にする。アトラはそのままディーナに抱えられたまま下へと降りることとなったが、慣れてしまったためそのまま行くことにした。



 一階に戻り、ホール内で邪魔にならないスペースへと移動して待っていると程なくしてミルファがやってきた。


「すいません、お待たせしました。先に獣魔登録からやってしまいましょうか。カードを作った時のようにソータさんの血を一滴、それとアトラさんの毛か血を頂けますか?」


 蒼太はディーナの腕の中にいるアトラに小さく耳打ちしてから、毛を一本引き抜いた。


「これでいいか?」


 ディーナはそれを受け取るように受け皿用意しており、そこに蒼太は毛を乗せる。



「ありがとうございます。まずは半分をこのカードに」


 ミルファはアトラの毛をハサミで半分にしカードに乗せると、それがカードの中に吸い込まれていく。


「次にここにソータさんの血液を」


 蒼太はピンで指を刺しカードへと血を垂らしていく。


「はい、これで完成ですね。ソータさんをマスターとしてアトラさんの獣魔登録が行われました」


「さっきの半分はこっちに」


 そう言うと今度は首飾りのようなものへとアトラの毛を吸い込ませていく。



「はい、街の中に入る時はこちらの首飾りをつけて下さい。それは登録された獣魔であることの証明になりますので」


 他の未登録の魔物に装着できないように、このように固体識別情報を登録する必要があった。


「わかった、ありがとうな」


 蒼太は獣魔登録カードと首飾りを受け取ると、カードは自分のバッグに首飾りはディーナへと手渡した。そのままディーナは大人しくしているアトラに受け取った首飾りをつけた。



「それから、報酬のほうですがこちらの袋に全て入れてありますので後でご確認下さい」


 グランが三兄弟に蒼太を襲わせた時とは異なり、今回は中身が他者にわからないように蒼太へと手渡される。


「あぁ、色々とありがとうな」


「ありがとうございました」


 二人はミルファに礼を言いギルドを後にする。



 最後にアトラもミルファに向かって会釈をしたためミルファの相貌は崩されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る