第157話
森の中へと足を踏み入れると、身体全体を魔素に覆われて不快感が感じられた。
「これは……あの森よりも魔素が濃いかもな」
「ですね。ここまでとなるとちょっと……いえすごくおかしいです」
蒼太はもとより、ディーナも魔力に対する感受性が高く、その表情は苦々しいものになっていた。
「あまり長居をしたい場所じゃないから少し探るか」
蒼太は気配察知スキルを使い、周囲に網を張っていく。ディーナはその間、見える範囲の警戒を行っていた。その肩には水の精霊が既に召喚されている。
「あっちにデカイ気配がある」
蒼太が指し示した方向をディーナも注視する。
更に蒼太は別の方向も指差した。
「あっちには、大量の魔物の気配があるな」
以前蒼太が森に来た際の魔物の量を越える数の気配が一箇所に集まっていた。
「なら、行くのは」
「「あっちだな(ですね)」」
二人は同じ方向を指差していた。
「意見があったところで、早速行くか」
「はい!」
蒼太は夜月に手を当て、ディーナもアンダインを鞘から抜き準備をする。それを確認すると蒼太は頷き、駆け出した。
二人が駆け出してから数分経つと、その先に魔物の群れが見えてくる。
「ディーナ、油断するなよ」
「わかってます!」
蒼太の言葉にディーナは表情を一層引き締めた。それ以上の言葉はなく、蒼太はディーナを後方に置き去って魔物の群れへと飛び込んでいった。
蒼太は、鞘の刀を滑らせるように抜き魔物を真っ二つにすると再び鞘に納める。一太刀で周囲の五匹、更にその後ろの数匹までもが両断されていく。
ディーナはその攻撃に驚くが、隙ができることはなく魔法と剣技を組み合わせた攻撃で魔物を屠り去っていく。中にはその攻撃をかいくぐってディーナへと迫る魔物もいたが、触れようとした瞬間に周囲に浮いている水弾が精霊の命令によりその魔物を討ち果たしていく。
周囲に魔物の死体が積み重なっていくが、今回も蒼太が攻撃をしながら亜空庫を発動し収納していく。そのため足場が確保できずに不利になることはなかった。
またアンダインも夜月も魔力を纏っているため、刃に血糊はこびりつかず常に最上の状態を保っており、二人とも体力を温存しながら効率的な動きで攻撃を繰り出しているので、魔物たちの物量による消耗狙いも起こる心配はなかった。
「しかし、きりがないな」
思わず蒼太がこぼす。焦燥感はなかったが、見える範囲を埋め尽くす魔物の量に呆れていた。ディーナは体力を温存していると言っても、魔力をそれなりに使っているため蒼太とは違い焦る気持ちが徐々に生まれていた。
「ディーナ一度さがれ。武器を銀弓に持ち替えるんだ」
ディーナはその言葉だけで、蒼太の意図を理解し近くの敵を倒し終えるとその場から離れ距離をとった。
アンダインや近距離からの魔法に比べると、銀弓の威力は劣るため防御力の高い魔物には致命傷を与えることはできない。しかし、その問題は蒼太と連携することで解消されることとなる。
魔物の群れの只中にいる蒼太は、ディーナが離れたのを確認すると防御力が高いと思われる魔物から順番に倒していた。ディーナは残った敵を銀弓で撃ち倒していく。威力が劣るといっても魔力の高いディーナが射手であり、その狙いは正確に魔物の頭部を狙っていた。
魔物たちは近くの蒼太に集中して攻撃していく。しかし、近寄ったものはたちどころに一刀のもとに斬り伏され、これから近寄ろうとするものたちはどこからともなく放たれる攻撃によって倒されていく。
次々に周りの魔物たちが倒れていくことに魔物の群れは徐々に恐怖に支配されていく。恐怖によって魔物たちの動きは鈍っていた。蒼太もディーナもその隙を見逃すことはなく、攻撃の手を更に増していく。
辺りを埋めつくすほどいた魔物たちは死ぬか逃げるかしており、その数はかなり減って蒼太の周囲に残っている魔物を除くと上位クラスの魔物たちだけとなっていた。
「これで、あとはあいつらだけか」
蒼太とディーナは残った雑魚魔物たちを倒しきり、残った強者たちへと視線を送る。
★
冒険者の街トゥーラ 雛鳥のやすらぎ亭
「そういえば、ソータさんたち来ないわねえ」
ミルファーナがその疑問を口にしたのは、約束から既に一週間以上が経過していた。
「えっ? ソータさん戻ってきてるの?」
聞き捨てならないことをぼそっと言った母親に対してミリが詰め寄った。
「あら、言ってなかったかしら。うーん、一週間くらい前だったかしら。それくらいにここで食事をしていったのよ」
母の言葉にミリは肩を落とした。
「そんなに前じゃあ、もう旅にでちゃったりしたのかな……」
街に滞在していればここに食事に来るだろうと考えており、来ないということは……というミリの予想は当たっていた。
「でも、三時間くらいしたらまたここに来るって言ってたわよ?」
旅に出たという言葉に首を傾げながらミルファーナが約束のことを言い出した。
「え、どういうこと? 三時間? でも、うちに来たの一週間前なんだよね?」
「そうねえ、獣人国で義兄さんに会ったらしくて、その時の話をしてくれるって言っていたんだけど……少し遅刻かしら」
一週間を少しという母にミリは頭を抱えていた。
「あ、あのー、横からごめんない」
遠慮がちに二人に話しかけたのはミルファだった。ミルファも蒼太たちと同様にこの店の食事を気に入っていたため、頻繁に利用していた。今もただ客として来ていたのだが、二人の会話が耳に入りその話には自分も関わっていたため声をかけることにした。
「あら、ミルファさん。何かしら、もしかして今日の料理……美味しくなかったかしら?」
常連であるミルファに対して、ミルファーナはやや砕けた態度で言葉を返す。名前も似ているためお互いに親近感を持っているのもその態度の理由の一つであった。
「いえいえ、今日も美味しかったです! そうじゃなくて」
「じゃあ、やっばり美味しくなかったんですか?」
ミルファのそうじゃなくて、という言葉に今度はミリが反応した。
「いやいや、ミリちゃんそうじゃないの。料理は美味しかったの、私が言いたいのはソータさんのことです」
話が進まないと判断したミルファは早々に蒼太の名前を出した。
「何か知ってるんですか? ぐえっ」
ミリがミルファへと詰め寄る、がその襟元をミルファーナに引っ張られ首がしまる形になってしまう。
「ミリちゃん、せっかく話してくれるんだからそういう態度は感心しないわよ?」
文句を言おうと思ったミリだったが、母の微笑みを見てその言葉を飲み込んだ。
「それで、ミルファさん。どういうお話ですか?」
親子のやりとりを見ていたミルファはミルファーナの笑顔に何か恐ろしいものを感じながら、依頼で旅立つまでの経緯を話すことにした。
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