第156話



「これでいいな」


 蒼太は一枚の書類の内容を確認すると署名をする。それは、今回の依頼に対する契約書であった。前回は領主が真の依頼主だったため信用受けとなったが、今回はギルドマスターとの契約になるため契約書が用意されることになった。


「えぇ、大丈夫です。ギルドマスターは報酬として魔道具を提供します、ソータさんたちは森の調査をして来て下さい。調査の仕方は一任します。何かしら魔物の大量発生の理由に繋がるものが発見できれば上々の結果だと思われます」


 結果に関してはかなり曖昧な条件だったが、何でもいいので情報が欲しい。それがギルドマスターの考えであった。



「まぁ、何日か待ってれば結果は出るだろうさ」


 蒼太はおそらく最初に森に辿り着いた時と同じような状況だろうと考えており、あの程度であれば問題なく結果を出せるとも考えていた。


「相変わらずこの街にはランクの高い冒険者がいなくてな、三兄弟もあのざまだ。頼れるのはお前だけなんだ」


 グランの表情は真剣で頭をさげている。それだけ今回の案件は大きな問題になっており、グランは三十を越えるほど年下の蒼太に対して頭を下げることに何の躊躇もなかった。



「何かしら結果が出たら報告に来るよ。そっちは報酬の準備をしておいてくれ」


「よろしく頼む」


「お願いします」


 蒼太とディーナは立ち上がり部屋を後にする。その背中を見送りながらミルファとグランは頭を下げていた。



 二人が階段を降り一階のフロアに戻ると注目の的となり、視線が集中した。


「ソータさん、大丈夫でしたか?」


 アイリが蒼太へと声をかける。自らがミルファへと報告した手前、蒼太が二階へと呼び出された後は気が気ではなく、ずっと落ち着かずにカウンターの中をうろうろしていた。



「あぁ、しばらく街を離れていたから少し話を聞かれただけだ」


 依頼の話は内密にしておかなければならないため、蒼太はそう言って誤魔化すことにした。


「え? それだけなんですか?」


 アイリは蒼太の答えを聞いて拍子抜けしていた。ギルドマスターとミルファから、蒼太が街に戻ったらすぐに報告するよう指示されていたので、何か問題があるのかと考えていた。



「それだけだ、一体何を想像していたんだ?」


 蒼太の言葉にアイリは一人で騒いでいた自分が恥ずかしくなり、頬を赤く染める。


「もう、ソータさん。女性にそんな言い方しちゃダメですよ! せっかく心配してくれたんですから」


 ディーナは蒼太の言い方を注意し、アイリを庇おうとする。



「あー、悪かったな。別段何もなかったから、気にしないでくれ。心配してくれてありがとうな」


 ディーナに指摘されて、少しバツが悪くなった蒼太は謝罪と感謝をアイリに伝えた。元々心配してくれたことはありがたいと思ってはいたが、誤魔化すことに頭がいっていたため言葉選びを失敗してしまった。


「い、いえいえ。いいんです、お気になさらず」


 アイリは今度は感謝されたことで顔を赤くしてしまい、これまたそんな自分が恥ずかしくて下を向いたまま手を前にだし大きく横に振っていた。そんなアイリのことを他の職員は微笑ましく見守っており、ファンの冒険者たちはやきもきしていた。



「さて、そろそろ行くか。グランには言ってあるがまた少し街を離れることになった。と言っても今度はそんなに離れていないところだから、すぐに戻ってくるがな」


 アイリは蒼太が出かけると聞いて一瞬驚きを見せるが、その後の言葉を聞いて落ち着きを取り戻す。


「お二人とも気をつけて行って来て下さいね。ご無事を祈っています」


 アイリは平静を取り戻して二人に頭を下げて、送り出そうとする。


「あぁ、騒がせて悪かったな」


「ありがとうございます。それでは、失礼しますね」


 頭を下げるアイリに礼を言い二人は冒険者ギルドを後にした。



 二人はギルドを出ると、家へと戻りエドを迎えに行く。


 今回の依頼の森は蒼太が全力で走って数日なので、馬車でゆっくりと向かった場合、一から二週間程度だと見込んでいた。その距離を徒歩で行くのはあまり現実的ではないため、馬車で向かうことにした。


「エド頼むぞ。今回はそんなに遠くない森が目的地だ。近くまで行ったらエドだけでいてもらうことになるが、大丈夫か?」


 蒼太の言葉にエドは縦に首を振り、気にするなと目で訴える。


「そうか、それじゃ行くか」


「はい!」


「ヒヒーン!」


 蒼太の言葉に、ディーナとエドは返事をした。そのタイミングがほぼ同時だったため、一人と一頭で顔を見合わせて笑顔になっていた。



 道中は蒼太が走った時と同様静かなもので、今までの移動の中で最もまったりとしたものとなった。夜間は亜空庫から取り出した料理を楽しみ、いつもの聖域のテントで眠る。このことにより、身体に負担をかけることなく旅をすることができた。


 一週間を越え数日経過したところで、森へと到着する。


「ここなんだが……」


「なんかすごいことになってますね」


 その森は一見して明らかに不穏な気配を放っていた。



 蒼太が以前来た頃には、一部に魔力溜りがあっただけだったが、今は森全体が魔素に包まれているようだった。


「エルフの国に行く途中の森みたいになっているな……」


「前からこんな感じだったんですか?」


 ディーナの質問に蒼太は大きく首を横に振る。


「いや、もっと普通の森だったよ。一部魔素が濃い場所はあったが、これほどではなかった。一体何があったんだ?」


 蒼太はあまりの変貌振りに驚きを隠せずにいた。



「とりあえず……行ってみますか?」


「それしかないよな……エド、馬車は格納しておくから近くに隠れていてくれ」


 エドは頷くと蒼太たちから離れ、道の横に広がる草原へと入っていった。


「ディーナ、いつでも戦えるように準備だけはしておいてくれ」


「わかりました」


 ディーナはアンダインを取り出し、蒼太も夜月を用意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る