第154話
蒼太とディーナのテーブルに届けられた料理は、二人の満足のいくものであり、ゴルドンの腕前はシルバンに劣らないと確認するには十分な料理であった。
「やっぱ美味いな」
「ですです。シルバンさんと甲乙つけがたいですね!」
そのディーナの言葉は食堂の喧騒のすきまをすり抜け厨房で調理しているゴルドンの耳まで届いた。
ゴルドンが勢い良く厨房から飛び出すと、きょろきょろと席に座る客の顔を確認する。客はもちろん、ミルファーナも何事かと驚いた顔でゴルドンの顔を見ていた。
蒼太とディーナの顔を確認するやいなや、ドスドスとテーブルまでやってきた。
「おい、今のはどういうことだ!」
ゴルドンは声は荒げなかったが、少し苛立ったような口調だった。
「……一体なんなんだ?」
蒼太はゴルドンに呆気にとられていた。
「えっと、あの美味しいなあって……」
ディーナは何とか答えを返したが、ゴルドンは大きく首を横に振った。
「そうじゃない、さっき言ってた名前のほうだ」
「し、シルバンさんですか?」
その名前にゴルドンは強く反応し、机を叩いた。
「その名をどこで、いや獣人国だな。あいつは今何やってるんだ!」
徐々に声が大きくなるゴルドンの下へとミルファーナがつかつかと寄ってきて、その頭をお盆で思い切り引っぱたいた。ゴルドンは悶絶し、その場にうずくまる。
「今は、ランチタイム中です。お客様が料理をお待ちしています。わかりますか?」
ミルファーナは笑顔で頭をおさえるゴルドンに問いかける。
「わ、わかってる。だが……」
「わかってるなら、やることは?」
ゴルドンの言葉を途中で遮ったミルファーナは、更に笑顔で言葉を投げかけた。
「りょ、料理を作ることです!」
ゴルドンはそれだけ言うと、頭が痛いのも忘れたかのように急ぎ足で厨房へと戻っていった。
「皆さん、騒がせて申し訳ありませんでした。引き続き料理をお楽しみ下さい」
その声に、周囲は食事へと戻っていく。内心でミルファーナへの恐怖心を抱えながら……。
「ソータさん、ディーナさん。うちの人がすいませんでした、昔から義兄さんにコンプレックスがあるようで。よければ、客足が落ち着いたところであの人に義兄さんの話をしてあげてもらえませんか?」
ミルファーナはあのまま放っておくと、抜け出して二人の下へと行きかねないのでフォローを入れようとしていた。
「まぁ、それくらいなら構わないが……いつ頃になるかな?」
まだランチタイムは始まったばかりで、ここの食堂はこれからどんどん混みあってくる時間帯だった。
「えーっと……三時間後くらい、ですかね」
「じゃぁ、一度外に出てまた来ればいいか」
「そうして頂けると助かります」
ミルファーナは断られるかもと思っていた為、蒼太の言葉にほっとしていた。
「それじゃ、また後で来る」
「ご馳走様でした」
蒼太とディーナは会計を済ませて、店を出る。
「はい、お待ちしていますね」
ミルファーナは笑顔で二人を見送った。
蒼太とディーナは店を出ると、久々の街を散策していく。
エルフの国とも、獣人の国とも、ドワーフの国ともどこか違う冒険者の街トゥーラ。その空気感はどの国とも違う独特の雰囲気をしていた。街を歩くのも、人、獣人、エルフ、ドワーフと多種多様の人種であった。
「何か落ち着くな」
「そうですね」
ディーナも蒼太につられて笑顔になる。この街の冒険者ゆえに人種に拘らない空気感が好きだった。
「時間までどこに行きましょうか? 一旦帰ってもいいですし、どこか行きたい場所はあります?」
「そうだなあ……一応、二人とも冒険者ギルド所属だから顔くらいは出しておくか」
「そういえばそうでしたね……忘れてました」
ディーナは入場の際に冒険者カードを出したにも関わらず、そのことを今の今まで忘れていた。
「お前なあ、と言っても低ランククエストしか受けてない俺が言う言葉でもないか」
「そうなんですか?」
蒼太のランクはDにまで上がっているので、色々なクエストをこなしているものだと思っていた。
「雑用系のクエスト以外だと、ギルドを通さない特別なクエスト一つだけだな……いや通したのか? まあ、そんなよくわからんやつだけだな」
蒼太はエリナのために石熱病の特効薬を用意した時のことを思いだしていた。あの依頼自体、話はギルドマスターからだったが正式にはギルドを通さずに領主エルバスと蒼太の間をギルドマスターが取り持った形だった。
「古龍と戦ったっていう話のやつですね」
蒼太から古龍との戦いを聞かされていたディーナが答える。
「覚えてたのか、まぁそうだ。あれで錬金術士のエルフのカレナと知り合ったのがきっかけで、ディーナのことを知ったんだ」
「じゃあ、そのクエストを断ってたら今頃一緒にいなかったのかもしれないですね」
ディーナは感慨深そうにそう呟く、
「まぁ、各国を旅行したいとは思ってたから、遅かれ早かれディーナの下にたどり着いただろうけどな」
「つまり……運命ですね!」
ディーナは少し先に行くと、振り向いて満面の笑みで人差し指を立ててそう言った。
「……かもな」
蒼太は少し考えながらそう返事をする。もし運命というものが存在するのなら、千年前召喚されたのも、送還されたのも。そして今回再召喚されたのも運命なのか、そう考えていた。
「でも、蒼太さんが私のことを思ってくれたから起こったことですよね!」
ディーナは運命だけじゃなく、蒼太が動いたからこそ起こったことだと暗に言っていた。
「そうだな」
蒼太は全て仕組まれたことなんじゃないか? 一瞬でもそう考えた自分の頭を軽く小突く。
「どうかしました?」
そんな蒼太をディーナは不思議そうに見ている。
「いや、何でもないよ。ディーナが良いことを言ったなって思ってさ」
蒼太は隣に戻ってきたディーナの頭を軽く撫でながらそう言った。撫でられたディーナは、蒼太の言葉の意味を図りかねていたが、撫でられる感触は気持ちよく目を細めている。
「さて、到着した。入るか」
蒼太が手を離すと、丁度冒険者ギルドの前にたどり着いたところであった。
「はい!」
ディーナは蒼太に元気良く返事をする。
そんな二人の様子は周囲から見られていたが、当の本人たちは気づかないままであった。
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