第153話



「じゃあ、食器洗っちゃうのでソータさんはお湯を温めなおしてきてもらえますか?」


「あ、あぁ」


 ディーナに背中を押された蒼太は風呂場へと行き、ぼーっとしたまま風呂を温めなおしていた。火球を調整して温めなおしが終わる頃に、ディーナがやってきて蒼太へと声をかける。


「こっちは終わりましたけど、そっちはどうですか?」


「あ、あぁ。もう少しで終わりそうだ」


 蒼太はディーナに気づいておらず、少し驚きながら返事を返した。



「よかった、じゃあ私準備してくるので先に入っててください」


 それだけ言うとディーナは戻ってしまった。


「じゅ、準備って何を……と、とりあえず先に入るか」


 蒼太はどうしたものかと慌てたが、先に入れと言われたため脱衣所に戻ると服を脱いで先に湯船に浸かることにした。蒼太はしばらく風呂でぼーっとしていると、ディーナが脱衣所にやってきたのを感じた。



「き、きたのか」


 蒼太は風呂の中でなぜか背筋を伸ばして姿勢を正す。風呂場は静まっており、脱衣所から衣擦れの音が聞こえて蒼太の心臓を更に早くしていく。


「ソータさん、お待たせしました」


「お、おう!」


 蒼太は思いのほか大きい声で反応してしまい、ディーナは一瞬驚いたがくすっと笑った。



 ディーナはバスタオルを一枚身にまとっただけで風呂場へと入り、洗い場で手や足など露出している部分を洗っていく。一通り洗い終えると、ディーナは浴槽へと移動する。


「それじゃ、失礼しますね」


「ど、どうぞ」


 蒼太は端に寄り、ディーナが入るスペースを空ける。



「どうしたんですか?」


 ディーナは髪をアップにしお湯につかないようにしており、そこから見える首元は色気を発していた。


「い、いや。ディーナこそどうしたんだ?」


「うーん、一緒に入りたいなあって思っただけですよ。いけませんでしたか?」


「わ、悪くはないけど。な、なんか近くないか?」


 ディーナは徐々に蒼太との距離をつめていた。



「か、身体を洗おう!」


 蒼太は耐え切れずに、湯船からあがり洗い場に退避するがディーナも追いかけるように浴槽からでた。


「じゃあ、お背中流しますね」


「わ、わかった」


 蒼太は観念して背中を流してもらうことにした。



「どうですか?」


「あぁ、気持ちいいよ。なかなか自分じゃ届かないからな」


 ディーナはタオルをあわ立てると背中をごしごしと洗っていく。


「よかったです。お湯をかけますね」


 背中の泡は二度のお湯で流されていく。


「なんだったら、前も洗いましょうか?」


「そ、そっちは自分で洗うからいい!」


 蒼太が抵抗しようと慌てて振り向いた時に手がディーナのバスタオルをかすめて、はだけていく。



「うわー! す、すまん。わざとじゃないんだ!」


 蒼太は慌てて自分の顔を両手で覆い、ディーナを見ないように目を手で隠した。


「別に見ても構いませんよ」


 ディーナがあまりにあっけらかんと言うので、蒼太は指の間からディーナの姿を覗いた。


 そこには、一糸纏わぬ産まれたままの姿のディーナ。ではなく、水着を着用したディーナの姿があった。


「な、なんだ。水着を着てたのか」



「うふふー、驚きました? なら、大成功です!」


 ディーナは水着姿でガッツポーズをとっていた。


「はぁ、一体いつの間に水着なんか買ってたんだ?」


「ドワーフの国で、お二人が夜月を創っている間に密かに買っていました」


 ディーナはピースをして胸を張っている。その姿も扇情的ではあったが、蒼太はさっきまでのドキドキはどこかに消えて、頭も冷静になっていた。


 そこからは、ディーナがドワーフの国でどんなものを買ったか、どんなものを見てきたか。蒼太は千年前にドワーフの国でどんなものをみたか。そんな話を湯船に浸かりながら夜遅くまで語り合った。




 翌朝の二人の行動開始は遅かった。


 既に日は高くなってきており、そろそろお昼の時間になるかという頃であった。


「あー、まだ少し眠いが……起きるか」


 蒼太が寝室から出てリビングに向かうと、ディーナも丁度起きてきたところでまだ眠そうに目を擦っていた。


「ソータさんおはようございます。ふわあ」


 ディーナは口元に手をあてながらあくびをする。


「おはよう。とりあえず二人とも顔でも洗うか」


 寝ぼけた頭をしゃっきりとさせるために、キッチンに行き冷たい水で顔を洗う。タオルで顔を拭いた二人の顔はすっきりとしており、眠気も吹き飛んでいた。



「とりあえず……ゴルドンのとこにメシを食いに行くか」


「そうですね」


 シルバンの料理も美味かったが、ゴルドンの料理はまた別の味わいがあったため久しぶりに食べる料理を楽しみにしていた。二人は屋敷を出ると、エドの食事の準備や厩舎の掃除をしてから宿屋へと向かった。



 宿の食堂はまだこれから盛況を迎えるといったところで、客はまばらな様子だった。


「あら、ソータさんにディーナさんいらっしゃいませ。戻ってらしたんですね」


「あぁ、昨日な。食事なんだが、席は空いてるか?」


「はい、空いています。お好きな席にどうぞ」


 蒼太とディーナは言われるままに、窓際の席へと座ることにする。



「ご注文がお決まりでしたら、先にお伺いしますが?」


「「シェフのお勧めで!」」


 二人の即答にミルファーナは笑みを浮かべた。


「はい、シェフのお勧め二つですね。それでは厨房に伝えてきますね」


 ミルファーナが厨房へ注文を伝えると、ゴルドンの低い声が返ってくる。



「楽しみですね、久しぶりのゴルドンさんの料理」


「あぁ、あれから更に上達してる可能性もあるかもな」


 ここに通っていたころも、ゴルドンの料理は同じ料理にも日々工夫がなされ向上がみられていた。


「うーん、今日はなんだろうなあ」


 シルバンの料理は繊細さがあったが、ゴルドンの料理は決して粗野という意味ではないが大味な部分があり、それが逆に素材の味を生かしていた。ディーナはそれを楽しみにしていた。



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