第150話



翌朝



 蒼太とディーナは昨日アントガルに話した通り、ドワーフの国を旅立つため、エドと共に門の前まで来ていた。


「アントガル、世話になったな。あんたのおかげで色々とスムーズにことが運んだよ」


「俺の方こそ、いい刺激をもらった。金も素材もな。今度二人が来た時にはそれ相応の装備を作れるようになっておくから、絶対にまた来いよ」


 アントガルは右手で拳をつくって蒼太へと突き出し、左手は蒼太に渡された短剣を握っていた。それに対して蒼太も拳をつくって拳同士を軽くぶつけ合った。



「アントガルさん、また美味しい紅茶ご馳走して下さい。私も見かけたら買い集めておきますね」


「あぁ、俺もまた色々探しておくからな。また来てくれ」


 優しい笑みを浮かべたディーナの言葉にアントガルは笑顔で手を振った。自分の幼馴染との会話、そして昨日の蒼太から受けた言葉と課題。これらがアントガルの迷いを吹っ切る要因になっていた。



「さて、行くか。エドまた頼むぞ」


「ヒヒーン」


 蒼太はエドの頭を撫でながら声をかける。久しぶりの出番ということもあり、エドは張り切っていた。


「ディーナ、乗ってくれ。出発する」


「わかりました」


 そして蒼太は御者台に、ディーナは後ろの荷台に乗り込む。



「アントガル、じゃあな!」


 蒼太はアントガルに最後の言葉を投げかけると手綱を握り、出発する。ディーナは荷台の後ろからアントガルへと手を振っていた。穏やかに馬車は進み、アントガルはそれが見えなくなるまでずっと手を振っていた。


「まずは、獣人国だな。シルバンのレストランに寄ってからトゥーラには戻ろうか」


「はい! 絶対に行きましょう!! うふふ、楽しみですね」


 ドワーフ国を出た二人。蒼太の提案を聞き、ディーナは嬉しそうに顔を輝かせていた。



 それからは再びまったりとした獣人国への道のりだった。魔物に対しては蒼太の威圧やディーナの遠距離攻撃で対処し、何事もなく獣人国へ戻ることができた。


 前回と同じ宿に向かうと店員は蒼太とディーナのことを覚えており、わかりやすいようにと前回と同じ部屋を用意してくれた。エドもここの寝床と用意される食事は気に入っており、久しぶりに旅をできたこともあってか満足そうに厩舎で休んでいる。



 蒼太とディーナは路地を抜けてシルバンの店へと向かうが、近づくにつれて異変に気づく。


「ディーナ……これは」


「おかしいですね……」


 相変わらず入り組んだ迷路のような路地、ここは目的とするような建物は数えられるほどしかなく、以前に来た際も閑散としていた。しかし、今、蒼太たちはここまでに何人もの通行人とすれ違っていた。疑問に思いながらも二人は店へと向かうと、驚きの光景がそこにはあった。



「何だ、この行列は?」


「えっと、すいません。みなさん、シルバンさんのお店に並んでいるのでしょうか?」


 以前とは全く違う光景に蒼太は呆然と立ち尽くし、ディーナは確認のために並んでいる客へと確認をとる。


「ん、そうだよ。決まってるじゃないか、ここ最近大評判なんだぜ。隠れすぎた名店ってな」


「隠れすぎた……不思議と的を射た表現ですね。ありがとうございました」


 苦笑しながらもディーナは教えてくれた行列客に礼を言い、再び蒼太の下へと戻る。



「ソータさん」


「あぁ、聞こえていた。元々味は超がつくほど一流だったからな、日の目を見れば当然の結果と言えるんだろうが……それにしてもすごい混雑ぶりだな。一体どこから火がついたんだか」


「それについては私から説明しましょう」


 そんな蒼太とディーナに話しかけてきたのは獣人国の大臣であるルードレッドであった。


「ルードレッド、だったか?」


「はい、お久しぶりですね。ここでは目立ちますので、こちらへどうぞ」


 獣人国の大臣がいるというだけで、注目の的になっていたのでルードレッドの提案で場所を移すことにした。



「ここに入りましょうか」


 そこはレストランからさほど離れていないカフェだった。店に入ると窓際の席へと案内される。


「こんな店があったのか……割と新しいな、最近できたのか?」


 蒼太は店の中を見渡しながらルードレッドへと質問する。


「えぇ、シルバンさんのレストランが注目を浴びるようになってから、ここら周辺の人の行き来が盛んになりましたので、店が増えましたね」


「すごいですねえ。前に来たときは閑散としていたのに、あんなに盛況になるだなんて」


 感心した様子のディーナの言葉にルードレッドは苦い顔をする。



「それは、その、我々が原因でして……」


「どういうことだ?」


 ルードレッドが、ここに至るまでの経緯を話していく。


 以前、蒼太たちが本の整理をしていたとき、ルードレッドのほかに、蒼太たちの作業を手伝ったものは漏れなくシルバンの店で昼休憩をとっていた。その後、蒼太たちが旅立った後も足しげく通い続け、中には休日に家族と共に来店するものもいた。その家族がその知り合い・友人をとドンドン巻き込み、口コミで噂が広がったとのことだった。


「別にいいんじゃないか? あれだけの味ならあの行列も納得できる。それにこの店みたいに周りに新しい店ができて地域の活性化にも繋がっているだろ。それなのに何でそんな顔してるんだ?」


 蒼太が良い点を挙げても、ルードレッドの表情は優れなかった。



「多くの客が来ること自体は良かったんですが、あの店が持つ容量を遥かに越えてしまって、シルバンさんとゾフィさんの負担が大きすぎるようです。それでも毎日開店してくれているんですが、そろそろ限界が近いのではと危惧しています」


「あー、それはあるかもな。だが、客が来るのは良いことだから店を開けるなとは言えないしな……」


 その指摘にとうとうルードレッドは頭を抱えていた。


「そうなんです。そこでお願いがあるんですが……ソータさんの方からそれとなくシルバンさんたちに話してもらえませんか?」


「俺が?」


 ルードレッドは大きく頷いた。



「お願いです、今の状況を作ったのは我々の責任です。シルバンさんたちは、たまに来る客を相手にするだけで十分だといつもおっしゃっていました。ですが、今のあれは……」


「わかった、まあ当人に話を聞かないと今の状況がいいのか悪いのかもわからないからな……。どう転ぶかは二人の判断になるが、話だけはしてみよう。……確か夜はあの店閉めてるよな?」


「はい、それは今も変わりません。申し訳ありませんがよろしくお願いします!」


 色々と責任を感じていたのであろうルードレッドは立ち上がると蒼太たちに大きく頭を下げた。



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