第149話



 蒼太とディーナは食事を終えると、アントガルの工房へと向かった。近くまで行くと、金槌の音が外まで響き渡っていた。勝手知ったる他人の家とばかりに蒼太とディーナは作業場へ直行する。


 そこには、集中して作業をするアントガルの姿があった。蒼太とディーナはしばらくその作業を見ていたが、アントガルもちょうどひと段落したのか作業を中断する。


「お疲れさん」


「お、来てたのか。悪いな、集中してて気づかなかった」


 先日蒼太たちが宿に戻る前とは変わり、アントガルの表情はどこかすっきりとしていた。


「気にしないでくれ、いきなり来たこっちが悪いんだからな。それより、あっちで話せるか?」


「あぁ、手と顔を洗ってから向かうから先に行っててくれ」



 蒼太は移動する前に、竜鉄の鉱石を鞄にある五分の一程度取り出し、空いたスペースへと置いていく。


「これくらいあればいいだろ」


「そうですね」


 黙って笑顔でそれを見ていたディーナも取り出した量に納得する。


「それじゃあ、リビングのほうで待たせてもらうか」


「はい、紅茶いれますね」



 二人はリビングルームへ移動し、早速ディーナは三人分の紅茶をいれていた。


「待たせたな」


 蒼太が出された紅茶に口をつけていると、ちょうどアントガルがやってくる。


「いや、気にするな」


 アントガルも席に着くと彼女がいれた紅茶を口にする。


「美味いな」


「茶葉を勝手に使わせてもらいました、大丈夫でしたか?」


「あぁ、これだけ美味いのが飲めるのなら、むしろこっちからお願いしたいくらいだ」


 信頼に満ちたアントガルの言葉にディーナは微笑む。



「それで、今日来たのは俺たちの今後について話しておこうと思ってな」


 アントガルは自分の身体が一瞬固くなったことに気づくが、昨日の幼馴染との会話を思い出し、自らに気合をいれる。


「おう、聞かせてくれ」


「俺とディーナはそもそもトゥーラという冒険者の街を拠点としていたんだ、長らくあけることになったからそろそろ戻ろうかと思っている」


 蒼太の言葉をひとつも聞きこぼさないようにアントガルは目を瞑ったまま聞いている。


「だから途中、獣人族の国にも寄るがとりあえずトゥーラに戻る。その後は小人族の集落を訪ねる予定だ」


「アントガルさんには色々お世話になりました。ちょっと竜との戦いはお互い大変でしたけどね、ふふっ」


 そこでアントガルは竜との戦いを思い出し、やや苦い顔になった。



「またこの国に来た時は声をかけさせてもらうよ、アントガルのおかげで夜月が作れた。改めて感謝する、ありがとう」


 蒼太は座りながらであったが、深々と頭を下げる。


「いやいや、頭を挙げてくれ。俺のほうこそスランプを乗り越えられたのはあんたたちのおかげだ。夜月を作っている間は、自分が何者なのかなんてことは忘れて、ただ一人の鍛冶師として作業に集中できた」


 アントガルは素直に蒼太たちに感謝をしており、夜月を作り上げたことは自信に繋がっていた。


「竜鉄も作業場のほうにわけておいたから、好きに使ってくれ」


「いいのかよ。お前らだって使うだろ?」


「俺が使う分は十分に確保してるから、気にしないで全部使ってもらって大丈夫だ」


 蒼太はそう言ってから再度紅茶を口にする。



「それでいつ出発するんだ? 今日来たってことは、近いうちには発つんだろ?」


 アントガルは最も気になっていた部分を質問する。


「そうだな、今日と言いたいところだが……今日はゆっくりして明日の朝にでも出発するか」


 蒼太は今自分で決めただけだったので、伺いをたてるためにディーナを確認する。目があったディーナは大きくうなずいた。


「私は構いません。この国での目的は果たしましたから、戻って少しゆっくりするのもいいかもしれませんね」


 ディーナはトゥーラの家の滞在期間が短いので、あの家での生活をゆっくり味わいたいとも考えていた。



「というわけで、明日発つことに今さっき決定した。次に来る時は、また装備が必要になった時かもしれないな」


「あぁ、そのへんは任せておけ。武器も防具も色々と試行錯誤してみるつもりだ、竜鉄を使った装備も武器以外にも色々と作る構想はできている」


 アントガルは胸を張って蒼太の言葉に答える。蒼太にしてみれば何気なく言った言葉だったが、幼馴染と話し、自分の得意分野で役にたてるように腕を磨くつもりのアントガルにとっては願ってもない言葉であった。


「それは頼もしい。まぁ、色々落ち着いたらまた寄らせてもらうさ。それまでに俺が驚くような装備を作っておいてくれ」


 蒼太の言葉は先程言った言葉よりも、熱がこもっており、それはアントガルの身を震わせた。


「まかせておけ!!」


 職人としての自分を奮い立たせてくれた二人に報いたいという思いが彼の言葉を先程より力強くさせ、それを表すように胸を強くドンっと叩いた。



「ふふっ、頼もしいです。できれば、私が装備できるような軽い物やアクセサリなども作って頂けると嬉しいです」


 アントガルは笑顔のディーナに言われ、色々と彼女に会うような装備品の構想をめぐらしていく。


「竜鉄の硬度を保ちながら軽いプレートにするとか、いや薄さと硬度の問題は難しいな。それよりも、アクセサリ型にして……いや俺にはデザインセンスがないな……いや、あいつにデザインは頼めばいいのか。だが……」


 さっそくアントガルはぶつぶつと職人モードに入ってしまう。さすがにこの国での滞在時間が残り少ないので、そのまま彼を置いて出ていくわけにも行かないとディーナは料理を始めた。そして蒼太は作業場に行っていくつか簡単にできそうな、とある武器の作成にとりかかることにした。



 アントガルが思考の渦から復帰し、作業場へと向かったのはそれから一時間は経過した頃だった。


「やっと気がついたか。今、ちょうどナイフを作ってたところだ」


 蒼太の作ったナイフは刀身が赤く、炎の属性を持っていることが一目でわかった。


「俺が考え事してたのって、せいぜい一時間くらいだったよな……その間にこれを作ったっていうのか?」


「まあな。少しずるはしたがその通りだ。ほれ、持ってみるか?」


 蒼太はアントガルへとナイフの柄を向ける。



「これは……しっかりと仕上げられてるな。短時間で作ったのにアラが見当たらないな」


 渡されたそれをアントガルは細部まで細かくチェックしていく。滑らかなナイフの刃に思わず息をのんでしまう。


「それは餞別にやるよ。次に会う時までに最低限それくらいの物は作ってくれよ。時間はかかっても問題ないからな」


 それは蒼太からの挑戦状とも言えるものだった。アントガルはそれをしっかりと受け取る。


「これと同等なんて言わない、もっといい物を作ってみせるさ!」


 その宣言に蒼太は笑顔を浮かべていた。



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