第148話



翌朝



 二人は遅くまで本を読んでいたため、起きたのは揃って昼前だった。そのかいあってディーナはグレヴィンの本を二冊読み、蒼太はそれ以外に回収した本を何冊か読み終えていた。


「あー、眠い」


「ちょっと調子に乗りましたね……」


 二人は宿の食堂で昼食をとりながら、眠い目を擦っていた。



「それで、どうしたもんかね?」


 蒼太はディーナへと尋ねる。二人の周囲には風の防音結界が張られており、声が漏れないように遮断されている。


「うーん、どっちもヒントっぽい感じではありましたけど……竜人族はちょっと漠然としすぎてるいる感はありますね。結局のところ、行く先を知る人や行くべき場所には繋がらない感じです」


 竜人族が一族揃って移動するならこういうような場所かもしれない、そういった記述が文中に出てきたがそれがどこを示すのかまでは書いていないため、結局のところその先の情報が必要になる。



「じゃあ、小人族のほうはどうだ?」


「こちらは元々、色々な集落に分かれているというだけあって接触はしやすいとは思いますが、でもあの本からの情報だけだとどの集落に行けばいいのかという絞込みは難しそうですね……」


 ディーナは本の内容を思い出しながら、分析していく。


「さすがにしらみつぶしっていうわけにはいかないからなあ」


 複数の集落にわかれているというのは周知の事実だったが、各地に点在する上に今ではその数は両手両足を使っても到底数え切れない程に分散していた。



「ソータさんは何か気になる部分はありましたか?」


「俺は……そうだな、一つだけ気になる点がある。物語の中でその時の長老の眷属がいただろ。覚えているか?」


 ディーナは蒼太の質問に頷いた。昨日の晩、それぞれの本を数回読んでいたため、すでにストーリーは頭に叩き込まれていた。


「登場シーンは少なかったですけど、知識のある魔物っていうのが印象的でした」


 同じことを想像した蒼太も頷く。


「あれは、もしかしたら俺らに注目させるためなのかと考えたんだが……さすがに深読みしすぎだと思うか?」


「うーん、どうでしょうか。もしそうだったとしても、何かヒントになりますか?」


 それを聞かれた蒼太はひとつ思い当たることがあった。


「その眷属に心当たりがある、かもしれない。もしそいつに会うことができたら、案内役を頼める可能性があるんじゃないかと考えているんだが」



「もし、その眷属が物語に出てくるものと同一であるなら、一気にゴールに近づけそうですね」


「あぁ、そうそう上手くはいかないかもしれんが、手探りで動くよりも可能性にかけたほうが現実味があるかと思ってな」


 ディーナは頷くと同時に、思いついた疑問を口にする。


「それで、その心当たりはどこの国になるんですか?」


「それはな……」




アントガルの工房



「はぁ、あいつらが来ないと張り合いがないというか、イマイチ乗り気にならんな」


 アントガルは作業場にいたが、ため息をつくだけで作業は一向に進んでいなかった。


「しかし……」


 いま、アントガルの気持ちは揺らいでいた。蒼太たちの旅について行きたい。その気持ちがあるのは確かだったが、彼らには何か目的があるように見えた。今日、工房に来ないのもその目的に関連したものだろう。


 彼らが最優先するのは当然その目的であり、今回アントガルと同行したのはあくまでその目的のために必要な武器の作製であることはアントガルもわかっていた。


「そんな旅に俺がついていってもなあ……」



「おい、何を黄昏ているんだ? やっとやる気になったと思ったのに、元通りじゃないか」


 そんなアントガルを尋ねてきたのは、城の騎士団に所属している幼馴染だった。


「お前か……はぁ」


「それだ。城で見かけた時はあんなにやる気に満ちていてすっきりとした表情だったのに、何で今はそれなんだ?」


 心当たりはあるものの、アントガルは言いたくないのか力なく首を横に振る。


 その様子に幼馴染の男はふと思い出したように作業場内を見渡す。



「一緒に来てた二人はいないのか? てっきりお前のとこに泊まってるのかと思ったが……」


 その言葉にアントガルはびくりと震える。


「はっはーん。お前あの二人とケンカでもしたのか? いや、冒険者って言ってたから、旅にでちまったか? どうだ、当たりだろ?」


 アントガルはぶすっとした顔で腕を組んでいた。


「ケンカはしとらん、旅に出るらしい……」


「ふむ、それで寂しくてここで一人で燻っていたわけか」



 図星を指されたことで、アントガルは立ち上がって大声を出そうとしたが、それをごもごもと飲み込み乱暴に座りなおした。


「お、どうした? 怒鳴らないのか?」


「いや、お前を怒鳴っても仕方ないことだ。それに冷静になればそんなに怒ることじゃないからな」


「お前、変わったな。いい意味でだが。……昔だったら気に入らないことを言うやつに怒鳴りしらしていたじゃないか」


 彼の変化に幼馴染は驚いていた。アントガルは元は気のいいやつだったが、先祖の話ばかりする周囲が気に入らず、少しでも気に障ることを言うやつがいればだれかれ構わずに怒鳴り散らし、工房から追い出していた。



「あぁ、ご先祖様にこだわっていたのは俺の方だったって気づかされたもんでな」


 すっかり変わった様子のアントガルに、幼馴染はからかわずに真剣に話すことにした。


「で、お前はついて行きたいのか?」


「うーん……難しいな。もちろんついて行きたい気持ちはある。だが、あの二人には旅の目的があるようなんだ。今回の採掘に同行してわかったんだが、あの二人の戦闘能力は俺よりも遥かに高い。そこに俺なんかがついていったら足手まといになるだろうし、ついていったところで旅の目的が俺にはないからなあ」


 安易な気持ちでついていって足を引っ張る真似だけはしたくない。その気持ちも強かった。


「そうか……どう答えるのが正解なのかはわからんが、お前には二つの選択肢があると思う。一つは、その旅に強引にでもついていくことだ。どんな形であれ、あの二人と一緒にいられれば今のその気持ちは紛らわすことができるはずだ」


「もう一つは?」


 幼馴染の言葉を受け止めつつ、次の答えを促す。



「もう一つは、お前の特技というか、得意分野を活かすことだ。お前は鍛冶師としての腕前は一流だ。それはわかったんだろ? しかし戦闘では劣る。だったら、鍛冶師としての腕前を更に磨いてあの二人に見合う物を作れるようになる。そして、戦闘能力も同等とまではいわなくても少しでも近づけるように訓練することだ。なあに、訓練だったら俺が付き合ってやるよ」


 その言葉を聞いて目を見開いたアントガルは自然と涙がこぼれていた。

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