第147話
鉱石の納品を終えた三人はアントガルの工房へと戻ってきた。さすがにあれから数時間経過していたため、工房の周囲には人影はなく、静まり返っている。
「あんなに渡してよかったのか?」
アントガルは最もな疑問を口にする。
「まぁ、あれなら俺たちがもらったものに見合うだけの量だし、今のあの鉱石の価値を考えると俺たちに恩ができたと考えるかもしれないから十分な利はあっただろ。それに、あんなのほんの一部だぞ?」
実際、蒼太の亜空庫には倉庫で出した量の数十倍の量の鉱石が格納されていた。
「そ、そうか」
洞窟では夢中になって採掘していたアントガルは予想以上の量がまだあることに頬が引きつっていた。
「そうかって、あんたが採掘したんだろ? 一人であの量を……」
蒼太は呆れたように言うが、アントガルは採掘していたことは何となく覚えてはいたが採掘量までは記憶になかった。
「終わったあとぶっ倒れた記憶はあるんだが、量はなあ」
アントガルは髭を触りながら思い出そうとしていたが、首を捻るだけだった。
「まあ、採掘量はいいさ。それより報酬のほうだな、金は三等分でいいとして倉庫から持ってきたほうを確認しておこうか」
蒼太は他の二人がどういった基準であの報酬を選んだかに興味があった。
「私はこれです、イヤリングとブレスレット二つですね。どれも水の属性の宿ったものですので、私や精霊さんやアンダインと相性が良いと思って選びました。あと……デザインも可愛いです」
最後の一言は笑顔だった。
「そうか、似合ってるぞ」
何気ない蒼太の一言だったが、ディーナは耳まで真っ赤にしてしまう。
「あ、あ、ありがとうござましゅ」
そしてどもったのちに噛んだ。
「アントガルはどうだ?」
「おう、俺は鉱石類だ。この間あんたが提供してくれたものほど珍しいものはそうないが、それでも面白そうな鉱石があったんでな。これだけあればしばらくは色々作れるぞ」
アントガルもほくほく顔でディーナにバッグから出してもらった鉱石を眺めている。
「そ、ソータさんはどうなんですか? グレヴィンさんの本があったって言ってましたけど」
いまだに頬から赤みのひかないディーナは動揺を抑えながら蒼太へと質問した。
蒼太は亜空庫にしまった本の中からグレヴィンが書いたものを取り出す。
「この二冊がグレヴィンの書いた本だ」
蒼太は一冊をディーナに手渡し、もう一冊を自分で開いていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたかなりの量の本を持っていかなかったか?」
倉庫で蒼太がしまった本の量を思い出しながら、アントガルは驚きの声をあげる。
「あれは俺が読みたいと思った趣味の本だ。あれはあれで必要なもの、こっちの二冊は俺たちのこれからの指針になるかもしれない本だ」
蒼太は何を言っているんだ? とでも言わんばかりの表情でアントガルに回答する。
「お、俺が間違っているのか?」
アントガルはとっさにディーナを見るが、話を振られた彼女は蒼太から受け取った本を読みふけっていた。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりもこの二冊に書かれているのは主に二つのことだ」
蒼太の言葉に一通り読み終えたディーナは顔を上げる。
「ディーナが読んでいる本は、長老による物語だが竜人族の話だからもしかしたら現在の居場所に繋がるヒントが書かれているかもしれない。それとこっち、俺の持っている方は小人族のその後にまつわることが書かれている。こちらも物語風に書かれているが、少し気になる描写があった」
「それは?」
ディーナは即座に尋ねる。
「いや、実際に俺の考えている通りかはまだわからんから、今は黙っておくことにする。どちらにせよ、確認のためには一度トゥーラの街に戻ることになるだろう」
蒼太の言葉にアントガルはぴくりと反応した。
「あんたたち、すぐにこの国を出て行くのか?」
「もう少しの間逗留するかもしれないが、そう遠くないうちには出て行くことになると思う。元々この国に来た目的は、この刀を創ることだったからな」
蒼太は腰元の刀に手をやりながら、そう答えた。
「……そうか。寂しくなるな」
アントガルはここ数日の生活が楽しかった。前の晩から金属の準備をし、昼には蒼太とディーナがくる。蒼太と二人で作業をして、ひと段落するとディーナの作った昼食を三人で食べる。ただひたすらに一日中鍛冶について頭と体を動かし続けることができたこの数日は今までの彼の生きてきた中で一番充実していた期間だったといっても間違いではなかった。短い期間だったが、その生活はアントガルにとって大切な思い出となっていた。
「まぁ、まずはこの二冊を読み進めてお互いが気になることのピックアップからだ。宿に戻って読書の時間だな」
「はい! 続きが気になります!」
蒼太の言葉に強くうなずいたディーナはグレヴィンの本を物語として楽しんでいたため、続きを読みたくてうずうずしていた。
「アントガル、来たばかりで悪いが俺らは宿に戻らせてもらう。色々世話になったな。改めて旅に出る時、その前にここに顔を出すからな」
「お、おい、ちょ……行っちまったか」
蒼太とディーナはアントガルの返事を待たずに出発してしまった。
「……作業でもするか」
アントガルは二人がいなくなって静まり返った作業場で、何か作ろうかとするがどうにも自分の中の心の火が灯らずに、なんとなく金槌を手にとっては力なくおろすの繰り返しで、結局この日は作業が進まなかった。
一方で宿へと戻った二人は、蒼太の部屋へと集まり、先程の本を読んでいた。蒼太は小人族の話の本を、ディーナは竜人族の話の本をと最初に受け取ったままに読み進めている。
部屋にはページを捲くる音だけが響いている。
蒼太はパラパラと要点を絞りながらやや飛ばしぎみに読んでいるため、早めに読み終わりそうだった。ディーナは物語に入り込み、本来の情報収集の目的はどこへやらといった様子だった。
「なんで!」
時折声をあげるディーナを蒼太は微笑ましく見ながら、自分のメモをまとめていた。
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