第144話



 アントガルとディーナが出てくると、人だかりができていることに驚く。


「一体どういうことなんだ?」


 状況を把握できないアントガルは人だかりの中央にいる蒼太へと質問を投げかける。


「こいつらが、俺の刀を見たいそうだ。断ったがな」


「あー……まぁ、仕方ないな」


 アントガルは見知った面々が刀を見たがる気持ちもわかり、蒼太が刀を見せようとしない気持ちも理解できたため、その一言だけで次の言葉を発することはやめることにした。



「さて、それじゃ行くか」


 蒼太が進む先に目をやると人だかりは二つに割れて、道ができていく。その様子を見てアントガルは目を丸くして驚く。


「おい、アントガルが先に行かないでどうする? 俺たちは場所を知らないんだぞ?」


「アントガルさん、案内お願いしますね」


「おっ、おぉ、悪い」


 蒼太とディーナに促されてアントガルが道を割った面々の顔を不思議そうに見ながら先導していく。その顔は恐怖に引きつっていた。蒼太は何かスキルや魔法を使ったわけではなく、ただ道を閉ざされていることへの不満をぶつけただけだった。しかし、それは職人たちにとっては威圧を受けたのと同様の効果があったようだ。



 蒼太たちが立ち去った後も人だかりはすぐには解散できず、蒼太たちの背中を見送っていた。


「一体……何者なんだ?」


 誰かがそうつぶやいたが、それに対する回答は誰も持ち合わせていなかった。



 人だかりを抜けて以降は、蒼太たちの前には障害は何もなくすんなりと王城へとたどり着いた。アントガルは城門にいる衛兵へと用件を伝えにいく。


「王からの命で城へ来るように言われたアントガルとその同行者だ。とりついでもらえるか?」


「あっ、アントガル殿ですね。少々お待ち下さい」


 衛兵はアントガルのことを知っており、すぐに城内へと報告に向かう。



「ラウゴの子孫だけあって顔が売れてるな」


「まあな……はぁ、そんなこと言われたら昔だったら怒っているところだ」


 相手の接し方はなにひとつ今までと変わらないというのに、怒りがこみあげなくなったことでアントガルは自分自身の変化に驚いていた。


「そうなんですか? ラウゴさんの子孫であることは変えられない事実なんですから、怒っても仕方ないような気が……」


 ディーナは首をかしげながらアントガルの言葉に対しての疑問を口にした。


「いや、それは……うーむ」


 蒼太はアントガルの心情を理解した上で、ディーナの純粋な質問に何と言ったものかと苦笑した。



「まぁ、その通りなんだ。だが、俺を見る時にあんたたちはアントガル個人としてみてくれるが、他のやつらは大抵勇者ラウゴの子孫というフィルターごしで見ている、と思っていたんだ。実際にそういうやつらもいたんだろうが、工房の周りに集まって心配してくれていたやつらのほとんどは俺の腕前を知ったうえで来てくれていたんだろうな」


 アントガルはそれに気づいていなかった自分を思い返して苦笑いになる。


「うーん、じゃあ今は違うってことですよね? じゃあ、よかったですね。ソータさんの刀もできたし、アントガルさんの勘違いも勘違いと気づくことができたのなら、ハッピーエンドです!」



「まだ終わってないがな……ほら、来たみたいだぞ」


 城の中から衛兵が戻ってくる。その後ろにいたのは、検問所や洞窟の前で何度もやりとりをした件の将軍であった。


「おー、久しぶりじゃの。といっても数日程度か……気持ちはわかるが、そう怖い顔をするでない。あの時のようにもうつっかかったりせんから安心せい」


 将軍は敵対しないことを明言し、困り顔で両手を挙げて降参だと伝える。


「色々と不安は残るが、今だけはその言葉を信じよう……城内でも俺たちが不利益を被ることがないことを祈るよ」


「ぐむむ、だ、大丈夫じゃ。多分な」


 蒼太の言葉に一筋の汗が頬を伝うが、なんとかそれだけを口にする。しかし、その動揺は目に見えてわかるものであり、これから向かう先で面倒ごとが起こる予感を感じさせるものであった。



「ま、まぁ入ってくれ。わしはただの案内人じゃ、詳しい話は中で我が王から聞いてくれ。さぁ、ついて来なさい」


 将軍はなんとかこの場を取り繕って案内に徹する道を選んだ。


「……不安になるが、まあいい。どうせ、行かなきゃ始まらないんだろ」


 蒼太は不満はあったが、ここではそれを強くは言わずに将軍の後をついていくことにする。ディーナとアントガルは蒼太に判断を委ねており、何も言わずに蒼太の後をついていく。



 城に入ると、兵士たちが遠巻きに将軍が先導する一団を眺めていた。そして、通り過ぎるとひそひそと噂話を始める。


「なんか、アントガルさん顔が違わないか?」


「あ-、わかる。前はもっとこう怒ってるような顔をしてることが多かったけど、今は何かすっきりしてる」


「それより、他の二人は何者なんだ?」


「噂によると、あいつらが将軍を倒したとか何とかって」


「将軍が? そんなわけないだろう」


 噂話と言うには声のボリュームは大きく、ほとんどが蒼太たちの耳に入っていた。



「すまんな」


 口々に噂話に興じる兵士たちに将軍は額に青筋をたてながら、蒼太たちへ謝罪を口にする。


「いいさ……あんたも大変だな。こいつらのまとめ役だろ?」


「はぁ、部下をけなされていても怒りが沸かんのは問題かのう」


 将軍は肩を落として、部下の不甲斐なさを嘆きながらそう呟いた。肩を落としてはいたが、歩く速度は落ちておらず順調に謁見の間へと辿りついた。



「ここじゃ、わしが先に入るからおぬし達は後についてきてくれ。王の前まで行ったら、わしはひざまづく。お主らは……まぁこの国のものではないし立っておっても問題はなかろう。アントガルだけは一応ひざまづいたほうがいいかもしれんな」


 元々そのつもりだったアントガルは将軍の言葉に何度も頷いていた。


「じゃあ、俺とディーナは突っ立ってればいいか。それじゃ、早速入ろう」


 蒼太はさっさと用事を済ませたいと考えていたため、将軍をせかす。



「……何事も起こらんことを祈っておるよ」


 その言葉とともに、将軍は扉を開いた。

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