第143話
蒼太はここまで刀を創ることだけに集中しており、できあがった刀の銘については考えていなかった。
「何にするか……」
刀身は黒、柄は鮫肌が赤で柄糸は黒、そして鞘は鳳木を使った紅色。そして直接的なつながりはないが十六夜の後継である。そのことを踏まえて蒼太は考えていく。
蒼太は腕を組んだままいつの間にか目を閉じていた。場を沈黙が支配する。ディーナとアントガルは息を飲んで蒼太の答えを待っていた。
時間にして数分だったろうか、それとも数十分だったろうか、経過したところで蒼太が目を開く。
「決めた、お前の銘は『夜月』だ」
蒼太は闇夜に浮かぶ月をイメージした銘にする。
「よづき、ですか」
ディーナは漢字を知らないため、言葉の響きから受け取るイメージしかないが、それでも何か感じ入るものがあったらしく満足そうな微笑で頷いていた。
アントガルは意味を図りかねて首を捻っていたが、蒼太の決めた銘に文句をつけるつもりはなかった。
「やっと、俺の愛刀を手にすることができた」
蒼太は十六夜では満たせなかった感覚を味わっていた。先程できたばかりのそれだったが、手になじみ、ずっと自分のものであったかのような一体感を感じ取ることができた。
「おめでとうございます」
ディーナも感無量といった表情をしている。
「はぁ、何かを作り上げたのは久々だ……これで俺も、武器が作れるようになればいいんだが」
アントガルは、自分史上最高傑作を作り上げたことに満足をしており、次作への構想を頭の中で練っていた。
「大丈夫さ、あんたの実力は今回のこいつで証明されてる。あとは自信を持つことだけだな」
蒼太は刀を見つめたままアントガルへと言葉をかける。
「そ、そうか?」
アントガルは少し照れながら頭をガシガシと掻いていた。
そんなやりとりをしていると、工房の外が騒がしくなってくる。
「ん? なんか外が騒がしいな……ちょっと見てくる」
アントガルは外の様子を見に表へと向かう。
「なんでしょうね?」
「なんだろうな?」
蒼太とディーナは顔を見合わせながら、アントガルが向かった方向を見ていた。
しばらく待つがアントガルは戻ってこず、外で大きな声で話していたので蒼太とディーナは夜月を眺めていた。
それから更に数十分が経過した頃アントガルが険しい顔で作業場へと戻ってくる。
「あ、アントガルさんお帰りなさい……何かありました?」
声をかけられたアントガルの表情は変わらずに険しいまま蒼太の前へとやってくる。
「悪い知らせだ……今回の採掘に関して色々と聞きたいことがあると言われた。そこに、俺だけじゃなく採掘に同行したあんたたちも連れてくるように言われた」
蒼太は夜月の完成に水を差された気分だったが、この可能性は予想していた。
「やっぱり来るよな。何せ将軍さんとやりあったわけだし、俺たちは目的を果たして戻ってきた……それなら採掘した竜鉄はどうしたんだ? 中はどうなってたんだ? 一体何を作ったんだ? ってな」
蒼太の言葉にアントガルは頷いた。
「その通りだ。あんたたち二人の実力は当然の如く上に伝わっている。それだけの実力者が何をしてきたのか、何を作ったのか。そもそもあの時俺はかつがれていたんだろ? それも何があったのかという考えに繋がったらしい」
ディーナは少し困った様子で蒼太の言葉を待っている。
「それで、いつどこに行けばいいんだ?」
蒼太の言葉は予想外にも、呼び出しに応じるものであった。
「行くのか?」
驚いたアントガルが尋ねる。
「まぁ、仕方ないだろ。俺たちが行かなければあんたに迷惑がかかるだろうし、目当てのものができたからサービスだ。それでいつ行くんだ?」
夜月ができあがったことが余程嬉しかったのか、蒼太は呼びつけられたことに怒りはなかった。
「あ、あぁ。王城に、こっちの準備ができ次第いつでもいいから来るよう言われた」
それを聞いて蒼太は立ち上がると裏庭に向かった。
「おい、どうしたんだ?」
その行動に疑問をもったアントガルが質問する。
「いや、汗もかいたし色々で汚れたから水で洗い流そうと思ってな。そしたら着替えて城へ向かおう」
「これから!?」
あまりにも展開が早く驚いたアントガルは、声のトーンが一段大きくなる。
「うるさい」
「す、すまん」
「面倒なことは早く片付けたほうがいいだろ、それにこのままじゃ行けないから準備も必要だ。だから、俺は準備を始めたい……お前もそれじゃいけないだろ?」
蒼太に指摘されて、アントガルは自分の姿をそこで初めて省みる。作業用の服のままであり、作業の際の汚れもそのままだった。
「あー、このまま寝ちまったのか……俺も洗ってから着替えてくる」
アントガルは疲れていたとはいえ、汚れた服装でベッドで寝てしまったことを少し後悔していた。
「お城に行くなら私も着替えてきますね」
それぞれが城へ向かう準備を始めていく。
一番早く準備が終わった蒼太が工房の外へ出ると近隣の職人たちが外で待機していた。
「お、あんたか。どうだ? できたのか? もしかしてその腰にあるやつがそうなのか?」
一昨日蒼太と会った職人が、問い詰めるように蒼太へと質問をする。
「これがそうだが、あんたたちに見せるつもりはない。せっかくできあがった愛刀をそう安売りはしたくないんでな」
職人は蒼太の答えに眉間に皺を寄せるが、職人ゆえにそのこだわりが理解できたため、それ以上は口を閉じた。しかし、他の職人の中には納得できないものもおり、蒼太への質問を続けた。
「なぜ見せられない? 別に減るものではないだろう、どうせ使う時には抜くわけだし」
心無いその職人の発言に蒼太はその言葉にため息をついた。
「はぁ、何というか職人としての誇りや矜持よりも好奇心が勝つタイプもいるんだな……何といわれようとも俺は見せるつもりはない」
そう言われてカッとなったその職人は更に蒼太へと詰め寄ろうとするが、それは他の職人たちによって止められる。
「すまなかったな、アントガルの最新作と聞いては興味が勝つというものだ。だが、無理に見せてもらうのは確かに職人として間違った行為だ。こいつにはきつく言っておくから許してくれ」
そう言うと、詰め寄ろうとした男は職人たちによって頭を抑えられ、無理やり頭を下げさせられていた。
「まぁ、わかってくれれば別にいいさ。こんなのは些事だからな」
職人たちはそれでも蒼太の腰元にある刀への好奇心は隠しきれずチラチラと見ていたが、蒼太はそれを気にも留めずにディーナとアントガルの準備が終わるのを待っていた。
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