第142話



 ディーナがテーブルの上に並んだ鍔を前に腕を組み悩んでいる頃、蒼太のやすりがけの作業は終わり、次の柄を作る作業へと移っていた。柄木を刀にとりつけその上に鮫皮を乗せていく。本物の鮫の皮は手に入らなかったため、蒼太は鮫のモンスターの皮を加工したものを使用することにした。


 そこへ目釘を打ち、目貫として馬をデザインした金具をつけ、その上に柄糸を巻きつけていく。糸と鮫皮もどきは、前回作ったものが大量に在庫としてあったためそれを使用する。巻きの作業は地球でも見学や実地体験などに行っており、スムーズに巻かれていく。鮫肌の色は柄に合わせて赤く染色されており、柄糸の色は反対に黒色のものを巻きつけていく。



 柄糸巻き作業を終え柄頭を装着する。次に鞘に下緒を取り付け、ハバキをつけると蒼太の作業はひと段落した。


「さて、ディーナ。どの鍔がいいか決まったか?」


 テーブルに並んでいる唾は、二つにまで減っていた。


「うーん、どっちがいいかな……えい、右で! これでお願いします!!」


 ディーナは勢いでもう一つの鍔への未練を断ち切り、選んだ鍔を蒼太へと渡した。


「ほう、これを選んだのか」


 それは蒼太の中でも自信作の一つで、夜月をイメージした意匠が施してあった。



「ダメ、でしたか?」


 ディーナは蒼太の顔色を伺うように恐る恐る質問する。


「いや、それは作った中でも納得のいくものの一つだ。俺も気に入っていたから、選んでくれたのはそれがわかってくれているようで嬉しいよ」


 蒼太は自然と笑顔になり、そう答える。


「えっ、いえ、その、何となくこれが格好いいなあって思ったので……」


 ディーナは顔を真っ赤にして、下を向いてしまう。不意打ちの蒼太の笑顔と言葉が嬉しくて、その顔を直視できずにいた。



「それじゃ、その鍔を……一回柄を取り外さないとか」


 蒼太は先程つけた柄を外して鍔をつけ再度装着し、目釘を打ち込む。


「よし、今度こそこれを装着して……完成した鞘にいれて、と。よし、これで完成だ」


 蒼太はディーナが選んだ鍔を刀に取り付けることで、最終工程を終える。


「じゃあ、これで!」


「あぁ、千年越しの俺の念願が叶った……」


 蒼太は感無量といった様子で、鞘に入ったそれを見ている。


「アントガルさんを起こしてきますね!」


 ディーナはやや興奮した様子で、寝室で寝ているアントガルを起こしに行った。



 寝室のドアを勢い良く開けると、ディーナはかかっている布団をはがしてアントガルを強制的に目覚めさせる。


「アントガルさん、起きてください! 完成しましたよ!!」


「うーん、もう少し寝かせてくれ」


 アントガルはベッド上で丸くなって、遅刻しそうなところを幼馴染に起こされた主人公のようなセリフを吐く。


「だめです、そもそも完成したら起こすよう言ったのはアントガルさんでしょ?」


「わかった、わかったからちょっと待ってくれ。顔を洗ったら作業場に向かう」


 ディーナに言われ、自分の言ったことを思い出したアントガルはのそのそとベッドから起き上がり裏庭へと向かった。



 アントガルが顔を洗って作業場へ行くと蒼太が鞘から刀を抜くところだった。その所作は美しく、抜かれた刀は作業場の空気を斬りさくような鋭さを持っている。


「すげーな。自分で打っておいて言うのはなんだが、今までに俺が手がけた武器とはランクがいくつも違うのが抜いただけで感じ取れる」


「起きたのか、完成したぞ。ほれ」


 蒼太は鞘に納めた刀をアントガルへと手渡す。



 アントガルは受け取ると、静かに刀を抜く。改めてみる刀身は思わず魅了されてしまうような美しさを持っていた。


「この柄の部分とか、普通の剣と比べてデザインも素材も違うんだな」


 いわゆる西洋剣タイプの剣を扱っていたアントガルにとって、刀の装飾は斬新なものであり興味深く見ている。


「あぁ、俺がいた世界でも俺の国でだけ使われていたものだ。刀自体が独自の文化だからな」


「ほう……この柄の部分の糸の内側にあるのは何を使っているんだ?」


 アントガルは、糸の内側の赤い素材を指差して尋ねてくる。



「それはタイガーシャークの皮を加工したものだ。色は赤以外にも各色に染色したものを持っている」


「ほー、すげーな。あれも魔物ランクAだったろ? なんか、もう色々非常識すぎてそれくらいじゃ驚かないほうがいいんじゃないかとさえ思えてくるよ……この鞘だって鳳木だろ? そんなのもう伝承の中でしか聞いたことないぞ」


 アントガルは蒼太が用意した素材の凄さに呆れてため息をつく。


「まぁ、たまたま持っていただけさ。今と千年前じゃ色々と事情も違うからな、昔のほうが手に入りやすかったものもたくさんある」


 蒼太が今回作ったものは千年前であったとしても高い入手難易度だったが、そこはふせておく。



「なんにせよすごいものだ。これと同じものを他の鍛冶師が作ろうとしたら、素材を揃えるだけで私財が吹っ飛ぶだろうさ」


「それ以前に、これらを扱える腕前のやつが他にいるかどうか……」


 蒼太の言葉にアントガルは考え込むが、これを創り上げるには鍛冶師としての腕前だけでなく蒼太のように魔力操作に長け、かつ多大な魔力を持っていなくてはならず、その条件を兼ね備えている者は思い当たらなかった。


「確かに、難しいな。あんたが手を貸せば可能性はあるが、これができたからその必要性もないだろうな……」


 アントガルは納刀すると、蒼太へとそれを返す。



「あぁ、それに俺がいたとしても、相手がアントガルと同等の腕を持つ者じゃないと無理だろうから難しいだろうな」


 蒼太はアントガルの腕前を買っており、ラウゴと比べても遜色のないものであった。


「い、いやいや、俺と同じくらいならたくさんいるだろ」


 アントガルは、自信を失っていた時期が長く、今回刀を創り上げて多少は自信が回復していたがまだ確信には至っていなかった。


「まぁ、これから徐々に自信を持っていけばいいさ」



「蒼太さん、名前はもう決めているんですか?」


「名前、か」


 ディーナの質問に蒼太は口元に手をあてて考え込む。

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