第137話
前日、蒼太たちに感謝していたアントガル工房のご近所さんたちは、今日はそれぞれの工房で作業に励んでいた。彼らは昨日のアントガルの繰り出す音に刺激され、いつも以上に熱の入った作業となっている。
そんなこととは知らず、当の本人は昨日と同じように金属の山に頭を突っ込んだまま寝ていた。そして、昨日と同様の形で蒼太に起こされることとなった。
「悪い悪い、ついつい昨日も作業に没頭しちまってな。あ、そうそう、夕飯ありがとうな」
アントガルはあのあとしばらく長考していたが、自分の腹の音で我を取り戻すと、すぐにディーナの作った夕食に手をつけていた。
「いえいえ、簡単なものしか用意できなかったですけど」
実際にディーナはありあわせのもので、急いで作っていたので謙遜ではなく本当のことを言っていた。
「いやいや、俺だけだったら何も食わずにそのままぶっ倒れていたかもしれん。それこそ作業もできなかった。だから、感謝だ」
アントガルはうんうんと頷き、再度ディーナへと感謝を伝えた。
「まぁ、感謝は素直に受け取っておけ。それよりも、今日も作業を始めるか? 今日は選別作業がないからすぐにとりかかれるが……」
蒼太はそう言いながら二人を見ると、アントガルは起きたばかりであり表情もやや寝ぼけている。
「先にメシにしよう。ディーナ頼めるか? アントガルは顔を洗ってこい」
ディーナは頷いてキッチンに、アントガルも頷いて裏の水場へと移動していった。
蒼太はアントガルが用意した竜鉄を手に取り確認していく。
「いい仕事だ……純度の高いものができている」
竜鉄は、昨日以上に表面が滑らかで一目で高純度のものだとわかる程のできばえだった。
「これなら……」
蒼太はアントガルの作り出したものに確信めいたものを感じ取っていた。
蒼太がそれを見ていると、アントガルが戻ってきた。
「どうだ? ちょっと精製方法を変えてみたんだ。これなら、他の金属の影響を最小限におさえて竜鉄自身の良さが出ると思うんだが」
アントガルは最初は自分の作り出したものには自信を持っていたが、それが蒼太の期待に副うものかどうか不安を抱いていた。
「あぁ、俺が今まで見てきた中でもかなり高レベルの純度の金属だ。これならいけるかもしれない」
の言葉を聞いて、アントガルは自然と笑顔になる。
「そうだろ! これは昔親父に教わって製法で抽出しててな……」
「なるほど、それだったら不純物の取り出しも容易になるのか……」
二人は精製の技術について、熱く語り始める。それは数十分におよび、ディーナが呼びに来るまで続けられた。
「ソータさん、アントガルさん、昼食の用意ができましたよ……って、ほらお話は後にしてください。冷めちゃいますよ!」
「う、わかった」
「……あんたの嫁さんはおっかねーな」
ディーナの怒る顔に、技術談義は一時中断となった。そのディーナはダイニングへ向かうため蒼太たちに背を向けるが、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。勘違いとはいえ、蒼太の嫁と呼ばれることはまんざらではなかった。
「それでは、みんな席についたところで食べましょう。せーの」
「「「いただきます」」」
ディーナが音頭をとり食事が始まった。昼食にディーナが作ったのは、ハンバーグだった。タネの段階で味付けがしてあり、ただ焼くだけでも十分に一つの品として成立していた。さらにそこへディーナ特製のソースがかけられており、元々の肉の旨みがそれによって引き立てられていく。付け合せにはマッシュポテトと、野菜の薄切りをカリカリになるまで焼いた野菜チップスだった。
「美味い!」
アントガルはそのハンバーグの味に感動し、ばくばくと食べていく。
「確かに美味い……」
蒼太も同様に感動していたが、ハンバーグにではなくライスがともに出されたことにだった。千年前にも同じようなものが栽培されていないかと探したこともあったが、少量しか見つからずそれも限られた場所でしか作られていなかった。その集落の中でのみ食べられており、蒼太も譲ってもらおうと交渉したが断られていた。
蒼太はまさかと一口それを口に含んだが、まさにライスだった。日本で食べられたブランド米と比較すると、いくぶんか味わいが落ちるものではあったが、それでも手に入らないと思っていたものが食卓にあがっていたため驚きを隠せなかった。
「ディーナ、これは?」
蒼太の質問を待ってましたとディーナは大きく頷く。
「そうです、ソータさんが昔言っていたライスですよ! 私もこんなに流通しているとは知りませんでしたが、ここらへんの食材屋さんには普通に売ってるんですよ!!」
ディーナは米のことを蒼太から聞かされており、食べたいと言っていたのを覚えていたため、見つけた時には思わず飛び跳ねるほどだった。
「なんだって!」
蒼太は驚いて立ち上がる。その二人の様子をアントガルは驚いて眺めていた。
「ど、どうしたってんだ。こんなの珍しくもなんともないだろ? そこらへんの店に行きゃいくらでも売ってるだろ」
アントガルの言う内容はディーナと同じだったが、驚きはなく当たり前のものとして受け入れている言葉だった。蒼太はその実感の篭った言葉に打ち震えていた。
「普通に、手に入るのか……よかった」
蒼太の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。時間で言えば、数ヶ月前には地球で食べていたが、たかだか数ヶ月でも恋しい気持ちはどこかにあった。しかし、過去の経験からここでは手に入らないものと諦めていた。
「ソータさん……よかったですね」
ディーナの目にも涙が浮かんでおり、もらい泣きしていた。
「なんだ? 一体なんだっていうんだ?」
アントガルの頭上には複数のハテナマークが浮かんでいたが、感動している二人から答えが返ってくることはなかった。
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