第138話



「はぁ、そうだったのか……」


 蒼太から事情を聞いたアントガルは納得していた。米は蒼太とディーナが活動していた千年前から栽培する者が増え、徐々に田は広がっていた。特にドワーフの国でさかんで、日常でも食べられていた。


「俺にとってはこれが普通だったから何とも思わなかったが、確かに昔の人から見たら驚くことなのかもしれないな」


「あぁ、だが簡単に手に入りそうでよかったよ。あとで大量購入しておこう」


 蒼太はそれが決定事項だと言わんばかりに、強い思いを込めていた。



「これで気持ちよく作業に入れるな。今度こそは完成させよう」


 米がきっかけで蒼太のやる気は今まで以上に高まっている。


「おう、いいものが精製できたし今度は組み合わせる金属も見合うものを選ぶから今度こそはいけるはずだ!」


 アントガルも蒼太に引っ張られるようにやる気をみなぎらせていた。


「悪いが、後片付けは頼むぞ」


「わかりました、作業の方がんばってください」


 蒼太は食事の後片付けをディーナに任せ立ち上がると作業場へと向かった。



 それぞれが昨日と同じ位置につき、準備を始めていく。


「今日の金属だが、竜鉄の純度の高さを考えるとそれに相応するものじゃないと無理だろ」


「そうだな、昨日の金属だってそれなりのものだった。それでもあの結果だからな……」


 昨日の斑模様の刀を思い出してアントガルは眉間に皺を寄せる。



「そこでだ、今日の金属だがこれを使ったらどうかと思ってな」


 蒼太は一つの金属塊を取り出した。それは昨日出した金属の中には入っていないものであった。


「これは……?」


 アントガルにも覚えのないもであった。


「俺もよくわからないんだが、ある洞窟の奥で見つけたもので鑑定スキルでもいまいち判然としなかったものだ。ただ、硬度や魔力融和性はかなり高い。ただ、今ここにある以外には見たことがなかったから稀少でな。つい出し渋ってしまった」


 この金属は謎が多く、ラウゴも知らず、幅広い知識を持つ長老の記憶の中にもない代物であった。



 蒼太たちが洞窟で見つけた時は、この金属はゴーレムになっており、それを倒すことで手に入れることができた。しかし、それは簡単にはいかなかった。その硬度は竜斬剣の一撃ですら防ぎ、ならばと魔法を使えばそれも吸収されてしまい、勇者たちは各々の持てる全てを駆使することで何とか倒すことができた。


 魔物が変異したのか、金属が魔物化したのか、それは結局のところわからなかったが、洞窟の中でも一際異彩を放つ存在であった。


「強力なのは確かだ、ラウゴも扱いには困っていたくらいだからな。これを加工するには専用の道具じゃないと無理だったしな。とにかく、これなら竜鉄に負けないだけの実力は秘めているはずだ」



「ご先祖様でも……ぜひ使わせてくれ! きっとこれを創り上げるには、その金属が必要なはずだ。今までにないものを創るんだからな」


 アントガルは直感的に自分たちが創るものにはこれが必要であると感じ取っていた。もちろんそこにはラウゴに扱えなかったものを自分が、という気持ちはあったが、それ以上に何か引きつけられるものがあった。


「わかった、俺もこれを使おうと思っていたから反対はしない。ただ、道具はこれを使ってもらうことになる」


 蒼太は先程話に出た専用の金槌を取り出す。それは本体がオリハルコンでできており、頭の先には先程の謎金属が使われていた。



「これならいけそうだ……しかし、よくこんな加工ができたな。見事だ」


 手に取りながら加工技術に感嘆の声をあげていた。


「かなりの力技でな、それを作り出すだけでも相当な期間かかった……まぁ苦労話はまたの機会にするとして、早速作業にとりかかろうか。今回は、昨日以上に気合をいれてかからないときついぞ。何せどっちの金属も加工難易度が高いうえに、その内の一つに至っては扱ったことがお互いにほとんどないわけだからな」


 蒼太の言葉にアントガルは神妙な面持ちで頷く。


「だが、やるしかない。よし作業にとりかかろう!」


 アントガルの宣言を合図に二人は刀の製作にとりかかった。



 工房から聞こえる音は、昨日よりも更に熱が篭っており、知らず知らずのうちに近所の工房の職人を刺激していた。この一帯の工房で、この日に作られた物は軒並み質がよかったが、その理由を知るものはいなかった。



 先日は日が落ちる前にはできあがっていたが、今日は日が落ちても魔力込めの作業にすら入っていない状況であった。しかし、二人ともそのことに何も思わず、集中を切らすことなく一心不乱に作業を進めていく。一打目に今回の難易度は察していたからだ。


「あつっ!」


 ディーナは食事の時間になっても出てこない二人を心配して作業場を覗きにきたが、思わぬ熱気が襲ってきたことに声をあげてしまう。作業場はいつも以上に熱気に満ちており、室温も高くなっていた。二人は汗だくになりながら作業を続けているが、集中しているせいかそれを拭うことすらしなかった。


 精霊魔法を使って室温を下げることも考えたが、それが集中の妨げになってはいけないと考え、ディーナは声をかけることなくそっとリビングへと戻る。



 ディーナが戻ってからもしばらく作業は続いていたが、一区切りしたところでその手が止まる。


「はぁはぁ、これで半分くらいか!」


 アントガルは大声で蒼太へ確認する。


「そんなもんだな、はぁはぁ、一旦休憩を入れないか?」


 鍛えている蒼太にとってもなかなかの作業量らしく、疲労の色が濃くなっていた。


「そ、そうしてくれると助かる。俺もそろそろ限界だ」


 二人はお互いに休憩を認めると、その場へとへたり込んだ。



 蒼太は栄養ドリンクを二本取り出し、一本をアントガルへと渡す。アントガルはそれを落としそうになるが、なんとか掴みそれを一気に飲み干す。蒼太も同様に飲み干すことで、それぞれ身体が楽になっていく。


「あんたのこの飲み物はすごいな。飲んだだけで、疲れがふっとぶようだ」


「あぁ、色々入ってるからな……中身は聞かないほうがいい」


 蒼太はそのレシピを思い出していたが、その表情は複雑だった。



「お、おい何だよ。気になるじゃないか」


「いや、気にするな」


「言えよー!!」


 アントガルの雄たけびを聞いてディーナがかけつけるまで、一分とかからなかった。

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